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夏を知る夏 (2011年作) 3−3
平成元年の高校生、夏の自転車旅行へ。
3−3
昨夜地図上で赤線を引いた道から離れ過ぎないよう、現在地を確認しながら進む。しかし調子よく漕ぎ進んでいると我に返ったときには現在地を見失っている。
「おーい、ちょっと地図見てみようぜ!」
ぼくが声をかけるが、
「方角はだいたい合ってるんだろ? だいじょうぶだろ」
「そうだよ、そうだよ。どんどん行こうよ」
他のメンバーはいつもおおらかなのである。彼らのノリとカンも頼りにしながら「とにかく北西、だめなら北」の進路をキープして進む。新興住宅地・旧集落・雑木林・耕地の入り混じる風景が続く。自衛隊の飛行場の端も通った。久しぶりの下り坂をサーッと下っていくと、灰色の細長い水面が見えてきた。
「おーっ、あれ手賀沼だろ?」
先頭でシンタが叫んでいる。
「道は間違ってないな」
後ろから一雄の声が聞こえた。
手賀沼の脇を通り過ぎ、北柏駅前のコンビニで水分補給の小休止。通勤の人々が、駐車場で休んでいるぼくらをチラチラ脇見しながらゾロゾロと駅へ向かっている。半袖短パンはいいとして、ゴム紐ぐるぐる山盛り荷積みの自転車、全く洗練されていないスタイルは異様なのかもしれない。コンビニから出てきた浜ちゃんもそれに気づいたらしく、買ったばかりのクリームパンをかじりながら、
「オレたち、すげぇかっこしてんもんなぁ」
と少し嬉しそう。ドコネコ初参戦の浜ちゃんはそれも新鮮で楽しんでいるようだ。
荷崩れを修正し、地図を眺める。利根川河畔までの最短距離は4キロほどであるのを確認してまた走り出す。
柏市内は新興宅地と旧集落が入り組んでいて、道なりにぐんぐん進めるラインがなかなかなかった。早く利根川に近づきたいから、その最短ルートを取ろうとするのだがたびたび現在地を見失った。太陽が高くなり気温も上がってきた。
「おっかしいな、そろそろ川が見えてきそうなんだけどな」
ぼくは地図を睨んで唸った。自転車を止めるとすぐにジワリと汗が滲む。
「もう近くまで来てるんだろ」
「そうだよ、だいじょうぶだよ」
「とにかく行ってみようぜ」
常々おおらかで前向きな人生を送っている3人の後をぼくが追う形だ。
木立の多い旧集落を進み、こじんまりした真っ赤な鳥居の前を横切って、濃緑の鎮守の森の急坂をスピードに乗って下り、暗がりからスポッと抜け出したとたん、その眩しい前方にいきなり緑の壁が現れた。こざっぱりと草刈りされた高さ2.5メートルほどの堤防だった。
「お! ついに利根川だな!」
「道、やっぱし合ってたじゃんよ!」
メンバーの声に安心はしたけれど、ぼくはちょっと声が出なかった。ここまでの街並風景から一変、左右両手方向へどどーんと延々立ちはだかり、視界を遮る緑堤防の威圧感に気おされてしまったのだ。
「とにかく、早く向こう側へ行ってみようぜ……」
堤防の麓をしばらく走って行くと、堤防の上へ導くスロープが見えてきた。アスファルトの道路が緑の壁を越えて向こう側へと続いているようだ。そこに利根川の大河川敷が広がっているはずだ。
各自スピードを上げてスロープを駆け上がる!
そして、上りきった我々は、息を呑んで足を止めた。河原ではなかった。
「…すげぇ……」
遥か遠くまで続く水田が180度、ドダァーッと目の前に広がっていたのだ。深い緑の稲の海、尖った葉がサワサワサワサと揺れている。
「すっげーなぁ!」
「ひっろいなぁ!」
大声を出しながらすぐさまスロープを一気に駆け下りる。そして水田を貫く農道へ自転車を走り込ませて行く。
「なぁ! 写真撮ろうよ!」
ぼくの呼びかけに応じ各車停止。水田の中をまっすぐ伸びるアスファルトの農道の上だ。荷物からカメラを取り出している間に、浜ちゃんは裸足になってそこらを歩き回る。
「気持ちいーよぉ!」
風にTシャツをハタハタ躍らせて叫んでいる。
広大な水田をバックに並んで写真を写し、田んぼの水面を覗き込み、荷崩れを直す。
「あれがほんとの川の堤防なんだね、きっと」
一雄が水田の先を指差して言った。今しがた越えてきた堤防と並行する、別の堤防が見えた。つまり大河 利根川の河畔には二重の堤防が築かれているらしいのだ。ぼくらはそのとき、二重の堤に挟まれた、1キロあまりの幅で広がる帯状の水田地帯にいたわけだ。さすが利根川、スケールが違う。
午前中に川に出る、という目標に到達しそうでまだ果たせないもどかしさが残るものの、ここまでのせせこましい右折左折市街地走行を後にして、いきなりの全方面水田真っ平ら一本道への展開が嬉しい。真っ直ぐ続くアスファルトの道端に、ぼくらは笑顔を並べて渡ってくる風を受けていた。 「さぁて、行こっかぁ!」
気分上昇、血流全開、ぼくらはドンッとペダルを踏み込んだ。