遠く瓶に入った手紙が届いたような日
横浜、日本大通。
日本初の西洋式道路ができ、こう名付けられた。
神奈川県庁での仕事帰り、日本大通交差点に向かって歩いた。
大学時代、エキストラのバイトをずいぶんやった。
あわよくば芸能界入りなどと途方もない妄想を抱き、全く稼ぎにならない、思い返せばよくやったものだと、とはいえ楽しいバイトだった。
そのほとんどが超端役、例えば、学園ドラマなら多数の生徒役、刑事ドラマならカメラをパシャパシャする鑑識役、などであった。
当然ながら結果として、どこをどう見ても映っていない、そんな役回りだった。
ある時、撮影場所に集合し、仲間がたくさんいる中所在なげに立っていたところ、「キミキミ、ちょっとこっち来て」と偉そうな雰囲気の人に言われた。
その番組は、新しく始まる情報番組。
その最初のお題について、「キミ、ここに座ってモデルになって」とカメラに取り囲まれた椅子に座らせられた。
怪しげな学者やらアイドルやら俳優やら、人が黙っているのをいいことに、あーだこーだ、あーでもないこーでもない、と私について議論した。
カメラを向けられる中、なんのこっちゃ、と心の中で思いながら、たまに聞かれる質問に答え、撮影が終わった。
「ひがしさん、放送ライブラリーに寄っていいですか?」
日本大通の交差点に近づくと、一緒に仕事に行った女性が行く気満々で聞いてきた。
放送ライブラリーとは、過去のテレビ・ラジオ番組など、放送に関するアーカイブ情報を保存・公開している施設だ。
「いいけど、なんで?」
過去の情報を調べたいそうで、仕方なくついていった。
入館の手続きをし、2人用ブースに座った。
彼女が自分のことをやっている間、私も色々検索してみたりしていた。
すると、頭の奥のすみっこにしまわれていた見覚えのある情報番組の名が引っかかった。
まさかと思って再生すると、あーだこーだ、あーでもないこーでもないと議論している番組が始まった。
20才の私が画面に映った。
呆然とした。
「終わりましたよ、なに見てるんですか?」
彼女が伝えてきた半分しか耳に入らなかった。
「いや・・・、これ、誰かわかる?」
画面を指して聞いた。
彼女は、今でも活躍している俳優の名を言い、若ーいと静かに声をあげた。
「いや・・・、そうじゃなくて、この椅子に座ってる人」
彼女は、画面に顔を近づけ、数秒目を凝らし、急に首をクイっと回し、私を見つめ言った。
「え?まさか?」
「そう。まさか」
そして、彼女はもう一度画面を凝視し、急に口を押さえ、必死に笑いを堪えはじめた。
「おい、絶対誰にも言うなよ」
私は釘を刺した。
「ダメダメ、言っちゃいそう。今日一番の成果」
ライブラリーのことは知っていたし、別の形で数度利用したことはあるが、昔の自分を見ることができるとは、今の今まで知らなかった。
「なんか、冷たくて甘いもの食べたくなっちゃった」
放送ライブラリーを出ると彼女は言った。
「それで手打てよ」
仕方ないので、袖の下を渡すため、近くのカフェに入った。
作り置きし時間が経ち過ぎなのか、頼んだアイスコーヒーは、雑味で苦かった。