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疾る北風
小学生の時、習字を習わせられた。
字さえ上手ければ、バカでもある程度頭が良く見える。
などという親のわけのわからない言い分により、無理矢理やらせられた。
しかし、習う一時間が苦痛で仕方がない。
正座をして、使い慣れない筆で文字を書き、書いては直され、また書いて、この単調な繰り返しが嫌だった。
なぜ、こんな事をやらなければならないのか、小学生の自分にはまったく理解できなかった。
理解できたのは、社会に出てからだ。
まず、冠婚葬祭。
自分の名前を筆で書かなければならない機会が多くなった。
次に、仕事上。
若い頃から紙やボードを使う機会が多く、当時は丁寧に手書きをした。
そして、手紙やはがき。
公私ともに、礼状を中心に書く機会が増えた。
その度に、今頃になって親の言うことが正しかったと、後悔する。
そんな私の自然な手書き、簡単に書いてみた。
ことさら達筆である必要もないが、やはりある程度上手く見えるに越したことはない、そう痛感した。
一時間、我慢すべきだった。
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今日の東京は、北から冷たい風が疾ってきた。
比較的標高の高い地点を通る広い環状線の歩道を、
向かってくる北風に抗い、前傾姿勢になり髪を揺らしながら歩いた。
目的地まで、あとおよそ十五分。
標高は、わずかずつ高くなる。
しかしそれは人にとって急坂を意味し、
風と登坂が、時間通り到着させないぞと言っているようだった。
暑さに額に汗が浮き出て、ダウンジャケットのファスナーを少し下ろした。
標高の一番高いところに到達した。
ここからは下り坂だ。
目の前に広がる、ビルとビルに挟まれた環状線が、地の果てに吸い込まれていく。
北風が、汗を乾かしてくれる。
時間通りに到着するぞと、歩みを早め軽やかに坂を下った。