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ひこうき雲


子どもの頃、飛行機のパイロットになってみたいと思っていた。
その時点ではまだ、高所恐怖症でもなく、飛行機の恐ろしさも知らず、ただ飛行機に憧れていた。
一度も乗ったことがない飛行機が、田舎の空高く、一筋のひこうき雲を描きながら飛んでいく。
地上から首を大きく後ろに曲げ、いつまでも眺めていた。
どこから来たのだろう、どこに行くのだろう、それだけを頭の中に浮かべていた。
そんな憧れもただの憧れで終わり、結局、普通のサラリーマンになった。

田舎で育った私が幼い頃、たまに東京に来るたび、『五反田』という駅名に何となく親近感を覚えたものだ。
「田」の文字が当時の住所にもあり、発音も似ていたこと。
「田」の文字は田舎にしかつかないものだと思っていたところに、都会でも見れたこと。こんな単純な理由だった。
と同時に、田畑なんかどこにもない違和感に、やっぱり東京はすごい都会なんだという、ある種の憧憬をも持ったものだった。

今日、ようやく、本当に気分良く外を歩いた。
空は、ただの一つも白いものがなく、紺碧に輝いていた。
眩しさに目を細め、額に手をかざしながら空を見上げた。
意味もなく、散歩がてら五反田に来た。
こんな空を見たのは、久しぶりのような気がする。
ビルの間隔が広いこの街は、ビッシリ詰まった普段の都心と違い、空が広がって見える。
ふと、田舎の空の光景を思い出した。
確か、どこまでも続く空。近くに広がる田畑。遠くに連なる山並み。

やがて、空高く、小さな飛行機がゆっくりと西へ向かって行くのが見えた。
パイロットになっていたら、向こうからこっちは、どんな風に見えるのだろうか、そう思った。



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