海を渡る方法
北の海を越えた先に誰も知らない街があるらしいと、旅の吟遊詩人が街角で歌っているのを聞いた。旅人に憧れていた娘はすぐさま荷物をリュックに詰め、誰も知らない街へと向かうことにした。まずは海を渡らなければいけない。娘は海岸を通りすがったかもめに、海の渡り方を尋ねた。
「そんなの簡単さ。きみの腕から生えている翼をばたばたはばたかせればいいのさ。はじめは疲れると思うけど、慣れればなんとかなる。風を切るのは気持ち良いよ」
娘は自分の腕を見てみたが、どこにも翼なんて生えていない。はてと首を傾げながらも、次に誰かが通りかかるのを待った。すると海の向こうから、貝をかかえたラッコがぷかぷかと流されてきた。娘はラッコに海の渡り方を聞いた。
「そんなの簡単さ。そこらに流されてくる虹色クラゲの青いやつをひっとらえて、かかえて泳げば君だってラッコとそんなに変わらないよ。潮が満ちる時間になれば流れてくるから、それまで待つといいよ」
娘はラッコに言われた通り、潮が満ちる時間を待ったが、虹色クラゲはいっこうに流れてこない。ラッコはうそつきで有名だった。娘がひざをかかえて砂の上に地図を書いていると、砂の中からかにがひょこんと顔を出した。かには海を渡る方法なんか知らないだろう。そう思ってなんにも尋ねずにいると、もともと真っ赤なかにはもっと顔を真っ赤にして怒りだした。娘はしかたなく、かににも海を渡る方法をたずねた。
「そんなの簡単さ。船を出せばいい。船を出せないならきみが泳げばいいだろう。ラッコじゃなくなって泳いでいけるさ、その気になればね」
かにはふふんと満足げに笑ってそういうと、自分の巣穴に帰っていった。娘はやっぱりかになんかに尋ねるんじゃなかったと思って、砂浜の貝をひろって海の中へ投げ込んだ。
するとちょうど顔を出したサメのひれに、投げた貝が当たってしまった。けれどもサメは怒るばかりか、とても機嫌がよさそうだ。なにがあったのかと聞いたら、ヒレこりがひどいんだとサメは言った。お礼に海を渡る方法を教えてあげるよと、サメは娘に言った。
「明日まで待ってみなさい。朝日がのぼるのを待っていなさい。そうすれば、君の待っている人がきっとここにくるから」
娘は機嫌のいいサメに言われたとおり、ひざをかかえて朝日がのぼるのを待った。待てども待てどもだれも来ず、やがてうとうととしはじめた。どこからか心地のよいギターの音色が聴こえてくる。はっと目を覚まし、振り返ると、そこには彼女に誰も知らない街のことを教えた吟遊詩人がいた。
「こんにちは。君と一緒に旅がしたくて、あんな歌をつくってしまったんだ。海を渡りたい?」
娘は頷いた。吟遊詩人は笑顔で、こう答えた。
「そんなの簡単さ。僕の手をとってくれないか」
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