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気高い、と彼女は言った

「あなたってとても気高いのね」

 烏の濡れ羽色をした長い髪が、図書室の窓からさしこむ夕陽を映して燃えている。彼女はまるで魔女のようだった。

 おなじ図書室の常連で、たびたび姿を見かけてはいたけれど、会話を交わしたことなんて一度もなかった。夕暮れがひっくり返って、このまま校舎が空のそこへ落ちてしまうんじゃないかと思った。僕はただの冴えない本好きで、そんな気取った形容詞とはまるで無縁の平凡な人間だった。

 そう、気高いなんて行き過ぎた賛美の言葉は、彼女のほうが僕よりもよほどふさわしく着こなして見せるのだろうに。

「一体なにがどうしてそんなこと思ったんですか」

 逃げるように手元の図鑑に目を落とす。不機嫌な声になってしまった。ああ、べつに、そこまで厭だったわけじゃないのに。


 彼女は構わず僕のとなりに腰かけて、なにをするでもなく夕陽を見つめて、空を飛ぶ鴉の群れをながめながら、なんとなくよ、と微笑んでみせた。

 その笑い方は率直に言ってとても綺麗だったけれど、異性として興味があるかないかで言ったら、ない。僕は彼女よりサボテンが好きだ。それもなかなか花の咲かないサボテンがいい。日当たりの良い庭へ鉢を置いて、乾いた土へ、たっぷりと水を与えてやるのが好きだった。だから万が一なにかを期待されているのなら、はっきり言ってよしてほしかった。

 僕の内側に生えた棘を見透かしたように、彼女はゆったりと微笑みながら、図鑑の頁をめくろうとする僕のじゃまをする。僕が1ページめくったら、1ページ戻す。まためくったら、また戻す。図書室の本を手荒に扱ってはいけないから、僕がその無邪気な悪戯へ、けして抵抗できないことを解ってやっている。


「気高い、って言ってみたら、貴方と話ができるかと思って」

 婚活のハウツー本を真に受ける男じゃあるまいし。なにを言っているんだ、この子は。


 僕が黙って座席を移動すると、彼女もそれが当たり前のように席を立って、僕のとなりに座った。なにがなんでも、僕との対話を試みたいらしい。サボテンには口がないからいいのに。彼女は棘をすべて折ってしまったような顔をして、僕の表情をあざとく覗き見てみる。

 なみの男子だったら、きみのその顔の美しさについて何か供述をするんだろうな。そんなのは面倒くさいから、僕は読書好きのハリネズミでよかった。ハリネズミはジレンマにかられるというけれど、少なくとも、僕はいまきみの相手をしたくない気分だ。


「なんの本を読んでいるの。いつも」

「植物の本だよ。僕に興味があるくせに知らないんだ」

「ひとの読んでいる本を覗き見するなんて、趣味が悪いでしょう。そう、そういうところよ。気高さって、人を突き放す感じよ」

「……そんなに立派なものじゃないさ」


 僕はカウンターの図書委員にバーコードを読みとらせて、サボテンの図鑑を鞄に入れた。さすがの彼女もこれ以上僕を追いかけてくる気はなさそうだった。すう、と、あまりにも自然に、彼女のすがたが夕陽のなかへ溶けていく。


「私の正体ってなんだと思う?」

「この展開だったら、僕は『図書室に生けてある花瓶の花』ってこたえるよ。サボテンではない」

「そうね。サボテンではないわ。とても残念」


 私は綺麗な花だから、あなたの好みじゃなかったみたい。

 そう言って花のように笑った彼女は、黒い百合になってカウンターの上へ着席する。

 だから気高さなんてそっちの領分だろうに。ほんとうに、彼女はいつも行儀が悪い。

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