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空の質量は氷約一杯分でできています

 拝啓。わたしたちはみな、氷でできたスプーンですくったアイスクリームのようなものだと思います。私たちはすぐに溶けてしまうのです。わたしたちの住むこの世界は氷でできている。わたしたちはみんな、氷でできたお城に住んでいる。
 わたしたちがいるところは北極でも南極でもない。赤道直下の日本です。太陽が昇ると暑くなるのは、空気中の水分が熱せられているからでしょう? だったらその水蒸気を集めて冷やせばいい。あなたはお元気ですか、わたしたちの北海道はいま、毎日連日日夜最高気温を新たに更新し続けています。わたしたちの試される大地はいったいどこへいったのですか?
 それでも、わたしたちは未だ試されている。令和の地球には雨が降らなくなったので、川もすっかり干上がって、このままではあと半年もすれば北海道砂漠ができてしまいます。
 それでも、ここにいます。北海道が暑いなんて、いよいよ頭も干上がったとあなたは思うでしょうか。
 北海道だけが暑いわけではありません。東北なんて、いまでは冬になるとシベリアよりも寒くなります。東北地方は、まるで雪原にひとりぼっち置き去りにされたようでした。わたしたちの故郷は北にあるのではなく、いつのまにか南へと泳いでいたようです。わたしたちにすら気づかれぬまま、北海道は赤道直下に恋をしました。
 ひとと、ひとでないものの区別が本当につくのならば、北極のシロクマでもアフリカゾウでも、地球の上に立つわたしたちだって、おなじく地球人なんです。
 だけどわたしたちもいつかどこかの国の人々にとって宇宙人のように、別の名前で呼ばれるかもしれませんね。たとえば火星人だとか、金星人だとか、道民だとか都民だとか。ところであなたはご存知ないでしょうが、東京にはその後穴が開いてしまいました。スカイツリーは東京湾の底で、東京マリンツリーに改名され、意外と元気にやっています。そんなものは地下鉄の駅といっしょです。スカイツリーの人権はしょせんわたしたち人類のものです。
 それでいつか、南極すら忘れられたころには、地球は太陽系を出て違う銀河へ旅ゆくのでしょう。氷と空は青ではなく紺碧に染め直されて、わたしたちのことは誰も覚えていなくとも。
 もしもあなたの宇宙船が冥王星あたりに現れたところで、それを見られる人もほんとうはもう、いなくなってしまったかもしれませんね。だって、氷だけでできたわたしたちにそんな遠くまでいける乗り物があったとして、いったいなんでしょ?
 わたし思うのです。それって、きっと、ただの鉄くずですよ。

 あなたがいま漂っている空は、どんな場所なのでしょう。赤道が直下しても、わたしのいる場所だけはいつも、とても寒いです。
 北海道だけずるい。わたしだって、いいかげんあなたに会いたい。
 凍ってしまった宇宙の片隅の、小さな星の、小さな国の、小さな街の、小さな家の、小さな部屋で。
 今日も私は、アイスクリームを食べながら手紙を書いています。今日も北海道は暑いのですから。いつか私が北極にも南極にも帰ることができなくなって、それでもまだ、あの場所にしがみついて生きることをやめられなくても。
 わたしが生きているあいだくらいは、溶けかかったアイスを見るみたいな目で、わたしのことを危うく見つめてくれる人がいてもいいじゃないですか。
 では。もしもこの手紙が届いたら、至急返事をください。それはきっともう、わたしたちの国の言葉ではないけれど。

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