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うさぎの泪

 ねえ、うさぎの目はなぜ赤いの。

 赤いキュロットスカートを履いた少女は、うさぎに問うた。


 問われたうさぎははてと首をかしげ、少女のちいさな手がさしだしたレタスをさくさくと齧りながら、鼻をひくひくさせて考える。

 さてねえ。自分で見に行ったほうが早いんじゃないだろうか、と、うさぎはとぼけて答えた。少女はいじわると頬を膨らませ、うさぎの赤い瞳をじっと見つめた。

 地に足がついている感覚が、ぼんやり、ぼんやりと消えてゆく。少女はあっと高い声をあげた。身体が宙に浮いている。はるか下に、自分とおなじ顔の少女が横たわっているのが見えた。魂とからだが引き離されているのだ。まったくきみはたいした奇術師だねと、うさぎはレタスをくわえたまま、ぱちぱちと気のない拍手を送る。

「勝手なことばっかり。わたしを奇術師にしたいのはあなたでしょ」

 ぼくもいつか空を飛びたいと、うさぎは無責任につぶやいた。


 いちごジャムのようなうさぎの瞳の中めがけて、少女は空気の中をまっ逆さまに落ちてゆく。うさぎの瞳は思ったより冷たくなくて、ぬるま湯のような心地よいぬくもりで、少女の魂をつつんだ。ゼリーのような弾力のある赤いプールを抜けると、少女はぽっかりと広い空の上に投げ出された。そこらじゅうがすっかり夕焼けの色に染まっていたけれど、太陽がないのは不思議だった。

「どうだい、うさぎの瞳の中は!」

 四方八方からうさぎの声が降ってきて、少女の頭をぐわんぐわんと揺らした。よくわからないけれど、あなたが呑気ものだってことはわかったような気がすると、少女は叫び返す。

 どこまでも続いていくフリーフォールは、なぜだかスローモーションのままで、あたたかな夕暮れを纏ったままに、少女はゆっくりゆっくりと落ちていった。


 やがて雲が途切れ、森が見えてきた。真っ赤なもみじで彩られた木には、なぜだか苺やりんごがたわわに実っていた。はて、苺は木になるものだっただろうかと、少女は首をかしげる。何か見えたのかい、と問いかけるうさぎの声に、少女はあなたっていいかげんなのねと返した。

「そうだ、ぼくはいいかげんなんだ。なにかを悲しんで泣いているから瞳が赤いわけじゃないのさ!」

 楽しげなうさぎの声につられて、おいしそうな赤い果実たちに手を伸ばしたけれど、苺もりんごもくねくねと身をかわし、少女の掌にはおさまってくれない。哀れ、少女はさらにゆるゆると落ちていく。

「わかったわ、今頃。あなたって呑気でいいかげんでいじわるなのね」

 諦めたようなつぶやきを、赤くてぬるい風がさらってゆく。


 どれだけゆっくりでも落下は止まることなく、長い長い時間をかけて、少女はうさぎの瞳の底に着地した。赤い紅葉の絨毯がふわりと少女を受け止めて、真っ赤なてんとう虫たちがパーティの準備をはじめている。

 少女はもう遠くにいってしまった空を見あげた。

 空はずっとずっと、真っ赤な夕暮れのままだ。空から落っこちてしまった太陽はここにあったのだと、少女は寡黙なてんとう虫たちを眺めながら考えた。

「わたし、やっぱり、あなたのことわかってなかった。あなたはいいかげんでいじわるだけど、呑気なんかじゃなかったんだわ」

「ごめんね。ほんとうに、赤い瞳に意味なんてないんだよ」

 でも、きみをずっと閉じこめておきたかったから。


 そんなのずるいわと少女は泣いた。申し訳程度に落とされた苺の雨に埋もれて。赤いキュロットスカートをぎゅっと握りしめて。少女はなんだか、とても幸せそうに泣いた。


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