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空があんなにも小春日和だから

 風を浴びようと思って、少女は丘へつづく石段をのぼった。春の風はあたたかく雲の間をおよいで、隣町の空のむこうから、今日も知らない物語を届けてくれる。
 この星屑の丘には風の宅急便に乗って、毎日すてきな贈り物が流れてくるのだ。少女は、それを受け取るのがなによりの楽しみだった。
 ほかの誰でもない、誰かからの贈り物。きょうの風はなにを運んでくるのだろう。
 ふわりふわりと流れてきた色とりどりの風船は、いつも少女の頭のうえで、泡のようにぴちんと弾け、プレゼントを届けてくれるのだけれど。
 今日は、無視してどこかへ飛んでいってしまった。一生懸命追いかけても、追いつくことができなかった。どこかの誰かがいじわるをしたのだろうか。ううん、そんなことは、今まで一度もなかった。
 少女はまた階段を駆け上って、あたらしい風がやってくるのを心待ちにしている。
 すると、どうだろう。たんぽぽの綿毛がたくさん、空の向こうからやってきた。
 こんなにたくさんのたんぽぽの綿毛がやってくるなんて、どうしたのだろう。少女がふしぎに思って見ていると、たんぽぽのスカートを履いた妖精が、綿毛を追いかけて飛んできた。なんだかとても慌てているみたいだ。

「どうしたの?」
「これはひまわり猫の王様の抜け毛なんです」
「ええっ。どうして? ひまわりは夏の花じゃない。どうしてたんぽぽになるの」
「わかりません……。王様は、どうやら難しいご病気にかかってしまったようで」

 妖精はため息をついた。ほんとうに困っているみたいだ。ひまわり猫の抜け毛がたんぽぽの綿毛になったら、そのまま雪の花が咲いて、季節がぐるりと逆回りし始めるんじゃないだろうか。

「わたし寒いのきらいだからいやよ」
「私達だってそうですよ。私、春の妖精なんですから」
 ふたりはしばらくむくれていたが、こうしている間にも、猫の王様の抜け毛はどんどん飛んでいってしまう。

「たいへん! 妖精さん、あの毛を集めないと、あなたの王様がつるっぱげになっちゃうわ! ……そうしたら、どうなるの?」
「夏がつるっぱげになったら……そりゃあ、四季というものが春秋冬になるでしょう」
「……冬が長くなったりする?」
「ええ、夏が失われますからね」
「それは大変だわ!」

 少女はいそいで虫取り網を持ってくると、逃げ回るたんぽぽの綿毛たちを集めた。ところが、どこからか働き蜂が飛んできて、なんということか綿毛を持ち逃げしようとしている。

「ちょっと蜂さん、困りますよ」
「そうよそうよ。あなたたちだって、冬が増えたら困るでしょうに」
「ところがねえ、奥さん。うちの女王さまが、ひまわり猫の抜け毛のベッドをとても気に入られてしまって。この羽毛ぶとんがないともう眠れないっていうんですよ。女王さまのご機嫌を損ねたら、王国存続の危機ですからね」
「それならこっちだって大変なんですよ」

 蜂たちと妖精が言い争いをはじめている。はあ、こんな空気を吸うために来たんじゃなかったのに……少女はがっくり肩を落として、いまや遠くに行ってしまった風船を眺めた。

「もう。そんなに気持ちいいなら、この綿毛はわたしが全部持ち逃げしてやるわ!」
「あ、ちょっと、待ってください!」

 少女はたんぽぽの綿毛を網の中に入れたまま、石段をおもいっきり駆け下りた。風に縫われた綿毛は、抱きしめているうちに、ふかふかのお布団に変身した。
 ああ、確かにふしぎだ。たんぽぽの綿毛なのに、夏の太陽のにおいがする。
「これは……確かに魅惑なのだわ……」

 そうして、少女は眠り込んでしまった。
 その日から、夏と春がとても長くなってしまったのだという。妖精は嘆いた。
「春の王女さまですか? はい、いまだお昼寝中でして。春眠暁を覚えず、とはよく言ったものです」

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