竜やこんこん
奇妙な天気だった。朝から雪が降っていて、季節はずれの祭囃子が花火にまじって弾けていた。火の粉といっしょに庭に降ってきたちいさな白い竜の仔は、うつろいも詫び寂びも頼りない乳歯で噛み切って、まっさらな季節に戻してしまった。
迷子の木枯らしが、竜の仔のお腹のなかでびょうびょうと泣きながら凍えている。竜の仔はまるいお腹を膨らませ、爪が伸びすぎた赤ちゃんみたいな手のひらで、不器用におさえてみせるのだった。
冬なんか食べるからお腹をこわしてしまうんだろう。雪はけして綺麗なものではないのだと、毒が入っているのだと、大昔に科学の本で読んだことがあるような気がする。かわいそうに、無知で無垢な竜の仔には、ロマンチックな劇薬が美味しいアイスに見えたらしかった。
冬の寒さはすっかり竜の仔にたいらげられて、あたりは炎天下。真夏の太陽のにおいが庭にあふれていた。暖かくなったのはいいけれど、竜の看病なんてやったことがない。お腹をこわした竜には、いったいなにが効くのだろうか。
弟が夏休みに持ち帰ってきた植木鉢に、朝顔の花が咲いていた。
観察日記をつけなければいけなかったのだけれど、誰に似たのか不精な弟は、朝顔を枯らしてしまって夏休みの最後の方に青い顔をしていたっけ。構ってもらえるかわからないのに、また咲こうとするなんて、しつこい花だ。もともと支柱にしがみついてまで生きているのだから、気合いや根性は入っているのかもしれない。植物に水もあげられない弟に、そのしぶとさを分けてあげてほしいと思った。
空には王様面の入道雲が居座っていて、朝顔につられて向日葵まで咲きだして、食べられた冬の立場なんてとっくに千切ったカレンダーのすみに追いやられてしまった。秋よりも夏の方が強いのは、きっと太陽のせいなんだろう。秋の淋しさは、真夏の熱狂に勝てなかったのだろう。
竜の仔は相変わらずきゅうきゅう鳴いて、しきりに体調不良を訴えている。
どうせなら保健室もセットで降ってくればよかったのに。
ふと思いついて、朝顔と向日葵の花を一輪ずつ拝借させてもらった。
空からドラゴンが降ってくるなんて異常気象なんだから、きっとお腹をこわしたこの子に効く薬だって、戸棚のなかに常備してあるドラッグストアの市販薬なんかじゃないだろう。
台所からすり鉢を持ってきて、朝顔と向日葵を一緒にすりつぶす。こうしていれば魔女になれると子供のころは思っていたっけ。出来上がったにちゃにちゃした混ぜ物は、残念ながらとても魔法の薬には見えなかった。私には魔女の才能がなかったのかもしれない。
それでも竜の仔がお腹を押さえてころころ転げ回るものだから、私は一か八かで、すりつぶした夏のかたまりを竜の仔の口につっこんであげた。
冬なんていう、いかにも食当たりを起こしそうなものを食べてしまうからいけないのだ。公共電波では、この雪国から一晩で雪が消え失せてしまったという不思議なニュースが、朝から繰り返し流れている。こんなちいさな生き物が一匹お腹をこわしただけで、ちいさな世界はまるっとひっくり返ってしまった。
庭はなんの変哲もない炎天下だ。私は半袖に着替えて、片付けた日焼け止めを塗った。
薬が苦かったのか竜の仔は暫くえづいていたが、やがて気持ちよさそうにすぅすぅと寝息をたて始めた。どうせ四季を食べるなら春あたりが一番おいしそうなのに。きっと桜餅や三色団子の味がするんだ。冬を食べたってクリスマスケーキやおせちの味はしなさそうなのに、ピンクなだけでおいしそうに思えるから、不思議だ。
……急にくしゃみが出た。こんなに暑いのに。
花粉が飛んでいるのだと気付いて、夢のない現実を思い知った。
食いしん坊の竜の仔は、冬を返してくれるのだろうか。
鼻に手をかざすと、寝息がすこしだけ、つめたい気がした。
吐き出された冷気が打ち上げ花火になって、蛇行しながら空へ飛んでいく。
はじけた光が、雪の結晶のかたちを描く。ああ――私達の冬は、帰ってきてしまったのだ。
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