ケジメのつけ方がカッコ良いと思えた(短編小説)
ケジメのつけ方がカッコ良いと思えた(短編小説)
生涯忘れることはないと思った。
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僕はファッションの仕事をしている。全国のセレクトショップなどにブランド商品を納品する「卸し」の会社だ。
会社の規模は小さいながらも大手のセレクトショップから地方のオーナー経営のお店まで幅広く取引先があった。
ある日、いつものように受注を取るために事務所で展示会を行っていた。
バイヤーと呼ばれる人たちにブランドの商品を見てもらって注文をもらうことが狙いだ。
そんな中、ファッション業界なら誰もが知る大手セレクトショップの男性バイヤーから「ブランドの商品を見たい」と連絡をもらった。
僕は2つ返事でOKを出し、約束の日に連絡をくれたバイヤーさんに来てもらった。
夏の暑い時期だったにも関わらず爽やかで、ストライプのシャツが似合う男性だった。
オシャレな雰囲気が滲み出ていて、ファッションが好きな人なんだとすぐに分かった。
到着して空いているイスにご案内したところでうちの社長も挨拶を済ませ、軽く談笑している。
笑っている顔も同じ男からでも魅力的に感じるほどの人だった。
彼は展示会を全体を見渡すなり口を開いた。
うちの会社で取り扱っているブランドが彼の個人的に好きなブランドであること。それに彼が長年自分のセレクトショップで取り扱いをしたかったこと。などを語ってくれた。
そんな彼の希望が叶いそうなのか、今回は展示会に来て細かく商品を見てくれていた。
それからしばらく経ってバイヤーの彼から連絡が来た。
「自社での買い付け会議に無事通りました。オーダーさせてください!」
嬉しそうな声で彼からの電話の数分後、FAXで商品のオーダーが流れてきた。
僕も無事新しい取引先が見つかって嬉しかったことを覚えている。
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そんなやりとりで取引がスタートして数年がたった頃だった。
突然そのバイヤーの彼が「そちらの会社に訪問したい」と連絡が来た。
展示会を行っている時期でもなかったので、バイヤーさんが会社を訪ねてくるには珍しいタイミングだった。
彼は会社のすぐ近くにいたのか、電話の後すぐにうちの会社に来た。
「こんにちは〜!」
相変わらずシャツが似合う爽やかな彼だった。
どうぞ、こちらへ。
僕がミーティングルームの部屋に案内して社長を呼びに行った。
「久しぶりだね!元気?」
うちの社長が彼の元に向かいながら話かけていた。
僕はその光景を見届けた後、自分のデスクに戻って仕事を続けた。
何か僕が話し合いに必要な場合は社長に呼ばれるのが常だった。
会議室から笑い声と共に世間話しが聞こえてくることを確認しながら、終わっていない伝票整理などをひたすら進めていたと思う。
突然社長から「谷山くーん!」と僕のことを呼ぶ声がした。
僕は「はい!」返事をし、急いで会議室に向かった。
すると社長が僕に説明をした。
「今日、彼に来てもらった理由なんだけど、次回から取引を一旦辞めたいんだって」
驚く僕を気にすることなく社長は続けた。
「セレクトショップの方向性を変えるために、いろいろブランドも一新するらしいよ。」
彼が好きだと言ってくれて納品した僕たちのブランドはまあまあな売り上げだったんだと思う。
すごく良く売れる訳ではないものの、売れ残りが多い訳でもない。そんなポジションだったのだろう。
ただ、ブランド一新の際に惜しくも取引中断が会議で決まってしまったそうだ。
するとバイヤーの彼も口を開いた。
「そうなんです。数シーズン取引させてもらいましたが、残念ながら次回から中断させて頂く事になりました。今日はそのご説明に来ました。申し訳ありません。」
彼は立ち上がって僕に丁寧にお辞儀をした。
「そうなんですね!とんでもないです。また必要な時にぜひお願いします。」
僕は残念な気持ちもあったけれど、取引先との取引が中断することはよくある話。
本当に気にせず今後にまた取引したいと思ってくれたらまた再開できれば良いなと思ったぐらいだった。
バイヤーの彼は今日、そのことを伝えるためにわざわざ会社まで来てくれたようだった。
ファッションの業界では取引が中断するときも電話やメールでサラッと伝える人が多い。
なので僕はそれが普通だと思っていた。
なんなら電話でわざわざ伝えてくれる人が丁寧だと感じていたぐらいだ。
そもそも相手からしたら伝えずらい悪い話は電話で連絡するのもストレスが溜まる。
できればメールで簡単に伝えて、ラクに仕事を進めたいと思う。
そんなのは人間なら誰でも思う。
でも、今回の彼は違った。
悪いニュースを伝えるだけのために、あまり進んでやりたくもないお断りの話をするために彼はわざわざ会社に来てくれた。
そして対面で申し訳ない気持ちを伝えてくれた。
そんな彼を見て僕は「なんて素敵なケジメのつけ方をするんだろう」と強く印象に残った。
悪い話こそ対面でしっかりと自分の言葉で伝える。
そんな模範解答のような行動で僕は何も自分が悪いことをしていないのに、罪悪感のようなものを感じてしまった。
彼はその後うちの社長と挨拶をし、僕とも丁寧に挨拶をして帰って行った。
帰り際も終始笑顔を絶やさず爽やかだった。
彼を出口まで見届けてから自分のデスクに戻ろうとすると社長に引き止められた。
「さっきの彼、悪い話でもわざわざ会社まで足を運んで報告と説明をしてくれたでしょ?ああいう行動が『仕事ができる』という意味だと思うよ。君も見習ってね。」
と僕に告げて社長は会社の外に出て行ってしまった。
それから僕は何か悪い話を取引先に説明や報告をしないといけないときは、可能な限り相手の会社に訪問して行うように心掛けている。
電話やメールで伝えたらスグなこと。
でも、バイヤーの彼から学んだことは大きく、僕も真似するかのように対面で伝える努力をしている。
ケジメのつけ方こそカッコ良い人になりたいと思った。
完
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