感謝の気持ちを忘れない
自分に親切にしてくれた人に、喜んで「ありがとう」と言う。
自分にいいことが起きれば、喜んで「神様、ありがとう」と言う。
うれしいときは誰もが自然にしていることですよね。
では、人生の壁にぶつかったときにも、「この体験をありがとう」と言えるでしょうか……?
私たちにとって一番むずかしいのは、「何が起きてもありがたがる」ことなのかもしれません。
私は若いころ、「人生に何が起きてもありがたがる人は、人生が愉快、愉快の連続になる」と説いた一節を読んだとき、どうしても納得できませんでした。
「災難や意地悪のいったいどこがありがたいわけ? 自分の身に災難が降りかかったときに感謝するなんて無理。意地悪した人にも感謝なんてできない」と思ったんですね。
それから30年の歳月が流れ、今しみじみ感じるのは、「人生に起きたことは、すべてありがたかったなぁ」ということ。
離婚や病気など、死にたいと思うほどつらかったことも、「自分が成長するためにどうしても必要な体験だったんだ」と、受け止められるようになったのです。
けれど当時は、人生に立ちふさがる壁がもつ意味を理解しようともしませんでした。それどころか、「どうして私がこんな目に遭わなくちゃいけないの!?」と、反発していました。
すると、壁はますます高くそそり立って一歩も動けなくなり、もう神様にすがるしかなくなってしまったのです。
「私が傲慢でした。反省します。どうかこの試練を乗り越えられる力を与えてください……」と、涙をポロポロこぼしながら祈りました。
人は、人生が順風満帆なときにあえて「自分を変えよう」とは思わないものです。むしろ有頂天になって、足下を掬われるのがオチ……。
そして、にっちもさっちもいかなくなった絶望の淵で、はじめて「自分を変えよう。もっと謙虚にならなくてはいけない」と反省するのです。
私たちが壁を乗り越えると強くなるのは、苦しみのさなかに生き方を悔い改めるからだと思います。
それまでが間違っていたというのではなく、そうやって身の程を知り、真理に目覚めて、少しずつ凛々しくなっていくんですね。
そうは言っても、大口を開けて待ちかまえている未来の体験は、楽しみであり、不安でもあります。あなたにとって、考えると不安でたまらなくなることはどんなことですか?
自分がまわりから孤立すること?
大病を患い、働けなくなって収入が途絶えること?
愛する人と離れ離れになること?
どれも一見「不幸な出来事」と思われるかもしれませんが、心に巣食っている不安を「そうなったときはありがたいこと」という“小さな箱”にあらかじめ入れておくことはできませんか。
日頃どんなに気をつけていても、人生には、望まないことが起きるときは起きる。それは成長するために必要な試練だから避けようがありません。
だからこそ、不安におののいて生きるより、「そうなったときはありがたいこと」と胆を据えて生きていきましょう。
不安を完全に消すことはできなくても、覚悟は決められる。
「試練をすべて成長の糧にする!」と覚悟すれば、潜在脳力のフタがパカンと開きます。
「心に火を点ける」という言葉がありますが、それと同じように、あなたは「潜在能力に火を点ける」ことができるのです。そこから泉のように、壁を乗り越える力や、不幸とは考えない力がわき出すでしょう。
その視点から眺めれば、人生に待ちかまえていることは、小さなことから大きなことまで、恐れるに値しない“成長の種”ばかりです。
過ぎ去った出来事も全部そう。
自分をしいたげた人や裏切った人は、じつは貴重な気づきを与えてくれたありがたい人たちだったんですね。
改めて、その人たちに感謝しましょう。
そして、「人生には今後も自分を育ててくれるありがたいことしか起こらない」と信じて進めば、あなたは必ず幸せになれますよ。
*
Poem/不思議なことに
ありがたい
ありがたい
ありがたい
:
呪文のように唱えていると、
不思議なほど
ありがたい人生になっていく。
それがあなたの幸せ。
ありがとう
ありがとう
ありがとう
:
なんにでも感謝していると、
不思議なほど
奇跡のような出来事に出会う。
それがあなたの未来。
★ 著書『ありのままのあなたで』(かんき出版)より★