ラ クレリエールの料理集 vol.3
東京・港区白金のフレンチレストラン「ラ クレリエール」のオーナーシェフ、柴田が日々、何を考えているかを綴ります。
2020年10月にスタートした連載「ミシュラン三つ星レストランへの挑戦」では、柴田の料理人人生を振り返りつつ、なぜ今ミシュラン三つ星に挑戦するのかを綴りました。そして今度は「クレリエールの料理」を切り口に料理人として、シェフあるいは経営者として、考えていることや思っていることをお伝えしたいと思っています。
今までの連載「ミシュラン三つ星レストランへの挑戦」はコチラからどうぞ
→ 第一章 レストランのシェフになる
→ 第二章 プロの世界へ
→ 第三章 「料理長」を見据えて
→ 第四章 レストラン ラ クレリエール
→ 第五章 オーナーシェフの「仕事」
→ 第六章 ミシュラン三つ星を目指す
「料理集」のバックナンバーです。
→ vol.1 第一皿(résumé) キスとジャガイモのクレープ トリュフとバニラのソース
→ vol.2 第一皿(recette) キスとジャガイモのクレープ トリュフとバニラのソース
第2皿(résumé) 桃のガスパチョ
この料理のポイント
*「フルーツ×生ハム」のバリエーション
*温度感
*移り変わる香り
成り立ち
このお料理の原点は、ランベリーの「メロンのガスパチョ」です。レストラン モナリザでもフランスの修業先だったル・グラン・ヴェフールでも作ったことがないお料理だったので、衝撃を受けたのを今でも覚えています。
もともとガスパチョはスペイン料理。トマトを主体にキュウリやパプリカ、玉ねぎなどの野菜、固くなったパン、オリーブオイル、ビネガー、ハーブやスパイスなどを加えてミキサーにかけて作ったトロリとした濃度のある冷製スープです。ニンニクやタバスコを入れたりもしますね。フレンチやイタリアンなどでも作られるようにもなって、「ガスパチョ=トマトが入った冷製スープ」というくらい定義が広くなっていると思います。しかしあくまでトマトベースなので、イメージする色は「赤」が一般的です。
その中でランベリーの「メロンのガスパチョ」は、美しいグリーン。主食材のメロンにアボカドを組合わせたスープにゴーヤのジュレを合わせ、生ハム風味の燻製生クリームを添えた一品で、アボカドの色が変わる前に召し上がっていただけるようオーダーが入ってから作る、ランベリーらしいアラミニッツのお料理でした。
甘いフルーツを塩味の効いたお料理に仕上げること自体は古くからあって、「生ハム×メロン」はその典型だと思います。ランベリーのメロンのガスパチョもモナリザやクレリエールの桃のガスパチョも、そのバリエーションの一つです。
メイン食材「桃」
ランベリーでは、グリーンのメロンの他にも赤肉メロンや桃など季節のフルーツでガスパチョを作りました。桃の時はフォアグラやオマールと合わせていて、その組合せのユニークさはもちろん、「桃って塩気の料理にも使うんだ!」と驚いたのを覚えています。
その後モナリザのシェフ時代にもメロンのガスパチョを作ろうとしたのですが、60席の店ではどうしてもアボカドの色が変わってしまうため断念。他のフルーツをいろいろと試した結果、辿り着いたのが桃でした。そしてランベリーとは違うアプローチの、モナリザの桃のガスパチョを完成させました。ラ クレリエールの桃のガスパチョは、それをさらに進化させたものです。
桃については、品種は特に決めていませんが、必ず白桃を使います。第一条件は、柔らかく熟れていて瑞々しいこと。産地はこだわりません。盛付でフレッシュに近い状態の果肉を使うため、見た目の美しさもチェックします。
ちなみに、桃の熟れ具合は触れば大体分かりますが、必ず僕が実際に食べて味を確認するようにしています。この時期は、朝、厨房に入ったら真っ先に桃の味を確かめます。万一、望むレベルでなかった場合に高級果物店に買いに行くなりして営業時間までに入手できるからです。
オリーブオイル
盛付の最後に数滴たらすだけですが、青々とした香りがこの料理の重要なアクセントになっています。香川県の「澳(おき)オリーブ」がベストですが、希少品で買えないことも多いので、同じように青い香りがあり喉にピリッとくるギリシャ産のものも使っています。僕自身はプロヴァンスの黒オリーブを使った柔らかいオリーブオイルが好きなので好みとは正反対なのですが、澳オリーブと出会った瞬間に「これだ!」と。今やクレリエールの桃のガスパチョには不可欠な数滴です。
夏の前菜に相応しい温度感とテクスチャー
クレリエールでは、最初がアミューズブーシュで、その後の前菜として「桃のガスパチョ」を出しています。8月~9月上旬は暑い時期なので、前菜の時点では身体に外の暑さが残っているお客様も多いでしょう。それを踏まえて、冷製のガスパチョにグラニテを加えた構成にしています。ガスパチョは、盛り付ける直前まで氷を当てて冷やし、お皿に盛った時点でだいたい3~4℃くらい。そこに室温よりちょっと冷たいくらいのフレッシュの桃と、シャリシャリのグラニテを盛り合わせます。“冷たい”中に繊細なグラデーションを施した仕立てです。
さらに、前菜まではシャンパーニュを合わせる方が多いので、水分過多にならないようスープにある程度の濃度をつける必要があります。本来のガスパチョはパンで濃度を出しますが、レストランの料理としては少々野暮ったい。そこで、果肉を使って適度な濃度を出すようにしています。
温度は時間との闘いでもあるので、繊細なグラデーションを楽しんでいただくには、僕自身の工夫だけでなく厨房スタッフやサービススタッフの力も大切です。また、香りの変化もこのお料理の重要なポイントで、ここにも僕なりの工夫があります。ご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、amazon primeで公開されている「The art of plate」という動画の中にも、このお料理が登場します。撮影したのは昨年(2020年)ですが、今お店ではもっと進化したバージョンでお届しています。
次回は、レシピと共にその辺りのお話もしたいと思います!
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