「楽しむ…」とは、一体どういう事なのだろうm(_ _)m
こんにちは、Hideです^ ^
最近、仕事でもスポーツなど多くの場面において「楽しんでやろう」という言葉をよく聞かれますが…
その「楽しむ」って実際のところ、どういう気持ちでその言葉を発して、どんな風にすれば「楽しんで〜」という事になるのだろう〜と感じてしまいます。
昭和の昔の様に、”仕事は、辛抱して真剣に取り組むものだ!”などと、上司や先輩方から言われてきましたが、その時代に、仕事は”真面目に〜真剣に〜我慢だ!”と言っていたおじさん達も、テレビや時代の流れなのか、”仕事は楽しく〜やらなければ〜”とか言う様になってきました。
時代の流れなのかもしれないが、散々”根性だ!気合いだ!〜”みたいに言っていたくせに、前と言っていること違うじゃん(笑)みたいに思っちゃいますよΣ(‘◉⌓◉’)まったく〜
普段私も「楽しんでやろう」的な言葉を使っていますが、改めてこの「楽しんで〜」の意味を再考しながら、本質的な部分を私なりに探求していきたいと思います。
やっている事が、成果に繋がらなければ、楽しめないのでは…
一概に「楽しんで…」とは、ただただ皆で和気藹々楽しくやっていれば、それで良いのだろうか?
例えば、仲の良い友人達や、職場の気の合う仲間達との、飲み会やバーベキューなどのリクレーション的なのであれば、その時間を、おしゃべりをして、単純に楽しく時間を過ごせればそれで良いと思います。
しかし、昨今では、仕事やスポーツの試合の緊迫した勝負の場面でも「楽しんでやりましょう」という言葉を使っています。
この前行われた、野球の世界大会WBCでも、試合前に声出しをする選手からも「楽しんで…」を言っていました。
私が思うに、昔の考えだと勝負は”生きるか死ぬか”の戦いで、相手に隙を見せずに真剣にやらないと勝てないし、相手にやられてしまう…みたいな雰囲気だったのでしょうね。
しかし、現在では真剣に勝負すること自体を楽しんでやろう、という風に考え方が変わってきたと感じています。
確かに昭和の野球を盛り上げたミスタープロ野球である巨人の長嶋茂雄氏も、現役を引退後に、昔を回想して、チャンスの場面で「ここで打ったらヒーローだ!」とかウキウキした感覚で楽しみながら勝負に臨んでいたと語っていました。
その話を聞いた時は、まだ昭和終盤で、天才とか言われる人は緊張する場面でも考え方や感じ方が違うんだなぁ〜と雲の上の人みたいに感じていました
勝つか負けるかの緊迫した場面でも、勝負を楽しむ事が出来るということは、逆に自分のポテンシャルを、どんな場面でも、発揮出来るということなのでしょうね。
そこが、凡人とは違うスーパースターなのですね。
しかし、勝負事もそうですが、仕事だって力むよりちょっとリラックスして、良い結果を想像して臨んだ方が、楽しいしかえってこれまでにない革新的なことが起こるかもしれないですよね。
まさにこの前のWBCなどがそうですね、まるで漫画やドラマみたいなことが実際怒ってましたよね。
頭を柔らかくしないと、クリエイティブな発想は生まれない。
だけど、楽しんで〜だけでは、良い結果は生まれないですよね。
楽しんでも結果が出ないのであれば、楽しめることはないはず。
目指していた結果に辿り着けるという前提があるから、楽しんで目標に向かえるのだから!
”努力と根性”だけで、未来に広がる成果は出るのか
昔は、”とにかく頑張って結果をだせ!”ってのが普通でした。
今ほど多様化していない時代だから、多少知恵を絞り、他人より残業でもして時間をかければ、とりあえず良い結果を出すことが出来た様に感じます。
今は、大勢の人がやっている様な事をしているだけでは、成果は望めません。
今までになく且つ実用的な、ある意味革新的なものをアウトプット出来ないと、その他大勢になり、評価してもらえない。それが現実。
昔は「努力は必ず報われる」と言われ、時間をかけて人より多くの汗をかいた者が、結果を出し評価されたが、今は”量よりも質”を問われている時代だです。
昭和的な考えで、夜遅くまで働けば、結果が出て評価も上がるという考え方は改めないと、自己成長もなければ、もちろん会社や周囲の評価も永遠に上がらないと思います。
一生懸命にやっていることを否定するつもりはありません。
いや私としては、頑張っている人が結果を出して欲しいと感じている。
しかしながら、自己満足的に頑張った〜と言う事に酔っているだけではダメなのです。
どこにポイントを置いて努力すべきかをしっかりしないと、せっかくの頑張りが無駄になってしまうのです。
楽しく働こう〜とか言っている人 勘違いしていない?
大概仕事は、大小関わらずチームでやる場合が殆どです。
先日、単発の仕事で、倉庫内で何人かで仕事をしていました。
一人だけやるポジションで仕事をしていたスタッフが、些細なことで突然怒り出しました、尋常じゃないほど、見ていた私からは狂乱しているように見えましたね。
側から見ていて、そこまで激怒するほどの事ではなかったのですが…
怒鳴っている内容を聞いていると、どうやら話し相手がいなくて寂しかったみたいで、自分だけ除け者にされたと感じてしまい、怒ってしまったようです。
例え単発の仕事でも、お金をもらいミッションを課せられている訳ですからね。
仕事をしに来ているわけで、同僚と世間話をしに来ているのではないのですから。
「楽しく働きたい〜」とも言ってましたが、楽しく働くってことを何か勘違いしているようにしか見えませんでしたね。
それも若者ではない、いい加減40を過ぎた男性が、そんなことで狂った様に怒っているのです。
楽しく仕事をするってことがどういうことなのか、まるで分かっていないのだなと感じてしまいました。
派遣先の会社内でもあるし、雰囲気も悪くなるので、最年長だった私は、宥めてその場を収めたが…
なんとも後味の悪いというか、馬鹿馬鹿しい感じがしてその場にいるのも嫌になったくらいでした。
その怒鳴った人は、楽しく働くってことの本当の意味をまるで分かっていない。
だからいつも周囲の人の仕事の足を引っ張り、しまいに皆から嫌われてしまうのだ。
こういう輩とは一緒に働きたくない。
面倒くさいし、それこそ一緒に働いていても全然楽しくなんてない。
大人なのだからもう少し仕事への取り組み方をしっかりと考えるべきだと思ってしまった。
クリエイティブな発想は、楽しくやっていかないと出てこない
物事に取り組む際に、楽しいと感じないと、良いアイディアも出てこないし、行動にもうつせないですよね。
逆に楽しめないのなら、やらない方が良い。
多分楽しめないと感じるのは、自分には合っていないからです。
好きだからこそ、困難なものにも前向きに取り組んでいけと、痛烈に思います。
嫌なことは我慢していても、長くは続かない。
好きでやっていても苦痛には感じない(これは理想ですが)辛いと感じることはあっても嫌々やっていることよりは、全然苦にせず出来るはずです。
単発の仕事で、お金の為に割り切ってやる時もありますが、長くやっていこうと思うなら、好きなことを仕事にすべきだと思います。
好きで尚且つしっかりとした目標を持っていないと、長続きはしないし、やっている本人もやってられませんからね。
だから楽しむってことは、シンプルではあるが、意外と難しいものなのです。
世の中の皆が好きなことを仕事にしている訳ではないので、あくまでも私の考えです。
自分に力をつけて、本当に楽しみながら仕事でも何でもやっていける様に出来たら嬉しいですよね。
そんなことを日々見つけていければ、今よりもっと楽しい人生を送れると思っています。