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「グランド・ブダペスト・ホテル」の感想

昨日に引き続き、ウェスアンダーソンの映画の感想を上げる。
ウェスアンダーソンの代表作を1つ挙げろと言われれば、このグランドブダペストホテルということになるんだろう。それくらいの認識はしていた。
感想を1行でまとめるなら、めっちゃお洒落でかなり洒落臭い映画だった。

グランド・ブダペスト・ホテル

「彼の世界は彼が現れるはるか前から消えて無くなっていたんだよ。だがグスタフさんは、もう存在しない世界の幻を見事に演じた。」

ドンキホーテっぽいなと思ったのは気のせいじゃなかった。もう存在しない世界の幻を演じるグスタフと、彼に付き従う従者のゼロ。

ドンキホーテが信じていた幻は騎士道だったけど、じゃあグスタフが演じた「古き良き時代の名残」ってなんだ?
戦争によって失われてしまった文明的な精神。それはテーブルマナーだったり、制服を身につけた時の所作だったりする。この映画の非現実的なまでに統御された画面すらも、グスタフの演じた世界の影響を受けてのものと捉えることだってできるかもしれない。だってこの映画が映しているのは現実ではなく、グスタフの活躍をそばで見ていたゼロが語る物語なんだから。

そしてグスタフの敵は、殺し屋だったり、戦争だったり、冤罪で彼を捕らえた警察だったりする。それらをまとめると、彼の敵は話を聞こうとしない暴力だった。

失われてしまった古き良き時代の精神。彼は、冒険が終わった後、暴力にあっけなく殺されることで、そんな精神はもはや幻でしかないということを示してしまった。
しかし、彼の姿からその精神を受け取ったゼロ。
ゼロから話を聞いて心を動かされ、それを本に残した作家。
それを読んで心を動かされた冒頭の女性。
それを映画として見る我々。
という風に、彼の信じた幻は我々にまで届く。まさに彼を殺した暴力が切り捨ててきた"話"によって。

というわけで、この映画が枠物語の構造を持つことには必然性がある。テーマと語り方が一致した綺麗な映画だと思う。

なんだけど、この映画で描かれるグスタフの活躍を見ていても、特に心を動かされることはなかった。
グスタフに魅力を感じなかったってのはかなり致命的で、僕は彼をずっと「身勝手なおっさんだな」くらいの感覚で見ていた。

受け継がれてきたバトンは僕には届かず、"古き良き精神"リレーは僕の手前で断絶。
いい映画だとは思うけど、自分には合わなかった。

この感想にはフレンチディスパッチを先に見てしまったのがかなり影響している気がしてきた。
この映画のことを、作中で起きる事象と一定の距離を保ったあの映画をみるときと同じような感覚で、具体的には「へぇ〜、お洒落だな〜」くらいの感覚で見ていて、彼らの冒険に全く切実さを感じなかった。

もちろん丁寧な細部を楽しみはした。作中、洋菓子の入った小箱が出てくるけど、まさにそんな感じの映画だった。
(冒頭の作家の墓場で、ベンチに黒服の男が3人座っているのが好き。必要はないはずなのにやけに目につく作意が良い。)

(この映画を観て古き良き時代の精神に心を打たれる観客はきっと大勢いるのだろうし、そんな誰かがいてこそグスタフは真に勝利したと言えるのだと思う。その誰かが僕じゃなかったとしても、その勝利は喜ばしいと思う。)

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