Googleを捨てて自分と旅に出よう
”越境者”による”越境思考”、今回は「Googleを捨てよ旅に出よう」ということ。
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前回、食事をしたり物を購入する際にレビューサイトを頼らないことについて書いたが、これは旅にも当てはまる。
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旅に出る前に「次に○○に行こうと思っているのですが、オススメの場所があったら教えて下さい」というようなポストをSNSで投げかける人を見かけることが少なくない。自分の印象では若い人が多い。以前よりも増えたように感じるのはSNSの普及に伴うものかもしれない。
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以前、20歳代前半に自分がFC東京のサポーターをしていた頃、アウェイも含めてほぼ全試合を観戦・応援していた頃、2週に1度のペースで縁もゆかりもない地方都市に日帰り、もしくは一泊で出かけていた。移動手段は車や新幹線、飛行機など。
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そして必ず現地には早めに到着して街を歩いた。何の目的もなく嗅覚を頼りに、自分のアンテナに引っかかった方向に歩を進める。Google Mapsすら見ない。当時、Mapsも今ほど発達していなかったということもあるが。
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自分の嗅覚を頼りにと書いたが、これもまた明確な定義ができない曲者だ。自分の嗅覚について明確に説明できる人は少ないだろう。自分のことは自分が一番知らなかったりするのが普通だから。だから、嗅覚を頼りに歩を進めるのではなく、歩を進めることによって嗅覚、更には自分を知ると書いた方が正確なのかもしれない。
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旅の本質とは、非日常に身を置くことで自分を知る。
これに尽きる。
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旅に出る前に親しい人に聞けば、今の自分に親しい情報を得ることあできる。Google Mapsを頼りに目的地に行けば、迷うこともないだろう。しかし、その結果として、目的地で起こることは今まで知り得た自分でしかない。
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歩いている中で、分かれ道が出てきた時に、なんとなくこっちに進んでみる。進んでみた結果として自分が望んでいた場所に「結果として」出合う。望んでいなかった場所に出たとしても、自分が選んでしまったからこそ、そこでの体験を「結果として」豊かなものとして受け止める。そして昨日より少しだけ自分のことを知る。人生そのものと言えるのではないだろうか。
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さあ旅に出よう。
人にも聞かず、目的地も決めず、もちろんGoogleも携えず。
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え?不安だって?
自分をもっと信じなよ。
自分の勘が色々と教えてくれるはずさ。
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