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すべてうまくいきますように/フランソワ・オゾン監督

フランソワ・オゾン監督の「すべてうまくいきますように」を見る。オゾン監督とは旧知のエマニュエル・ベルンハイムの自伝的小説「Tout s'est Bien Passé」(Everything Went Fine)を原作とし、原題からすれば「すべてがうまくいった」という意味になるはずなのだが…。映画は「安楽死」についての話だが、日本の興業主はこの手の(ある意味でフランス的な)シニカルな表現を嫌う傾向があるのだろうか。というか、この映画の主演がソフィー・マルソーだからかもしれないが。このサイトのビジュアルの背景のボケ味を、フランス版なり英語版のそれと見比べてみて欲しい。


さて繰り返すが、「すべてうまくいきますように」は安楽死/尊厳死の話なのだが、同時にこの映画のプロットはコメディー仕立てでもある。

85歳を目前にした父アンドレ(アンドレ・デュソリエ)が脳卒中で倒れ、エマニュエル(ソフィー・マルソー)は病院に向かう。そこで目にしたのは、麻痺で歪んでしまった顔の可哀想な父親の姿と、一方でいつにも増して我儘で自分勝手な父親の、その両方の姿である。そんなアンドレに、エマニュエルも彼女の妹もすっかり振り回されてしまうのだ。

そういえば、ジャン=リュック・ゴダールの訃報を聞いたのはいつのことだったか。ゴダールは「スイスの」自宅で「合法的に」自死した。そう、フランスでも安楽死はまだ法的に認められてはいないのだ。この映画は2021年カンヌのコンペティション出品作だが、ゴダールは映画のことを知ってか知らずか、現実として先に逝ってしまったわけだ。

父アンドレは実業家でアートコレクターという裕福な人間だ。彼はクイアでもあり、精神的に不安定となった彫刻家の妻とは不仲で、家族の中でエマニュエルが一番のお気に入りなのだ。アンドレは、そんな娘に安楽死の「手配」を託す。「言い出したら聞かないから…」と、エマニュエルはノートパソコンを開き検索を駆使して、なんとかスイスにある自殺ほう助団体の代表と繋がる。

さて実際に目にしたその人は、我々の大方の予想に反し(?)小柄で丸顔の、思慮深そうな面持ちの女性であった。判事を退職した彼女は友人から懇願され、この仕事を引き受けたという。安楽死に至る手順は厳密に決められ、本人の意志が決まればあとは日取りを決め、スイス国内の施設で粛々と執り行われる。もちろんづランス国内法に抵触しないよう、公証人とも綿密にやりとりをする。

「お金が無い人はどうするんだろうな」と、口の悪いアンドレはエマニュエルに(無自覚に)呟くが、この世界は生も死も決して平等ではない。生きる方に余力があれば、死に方も選択の幅が広がるのは当然だ。まあ人生とは、一方引いてみればコメディーみたいなものではある。家族の愛もさまざまであり、エマニュエルはひとりの家族として、父親との残された時間をどのように向き合うのか。

子どものように我儘を言う父アンドレに、エマニュエルは自分のランチ用に買ったサンドイッチを差し出す。アンドレは、直角三角形の長辺真ん中を一口だけ囓り、それをエマニュエルに突き返す。彼女は、その食べかけのサンドイッチを家に持ち帰り、父親の「痕跡」をまじまじと見つめ、ゴミ箱に捨てるのを思いとどまり、一旦冷蔵庫にしまってみる。留め置かれたサンドイッチは次には冷凍庫へ、そうしてやはり最後はゴミ箱に投げ入れることになる。

その間も、エマニュエルはなんとか父親が死を思いとどまることを期待しもするのだが、その揺れ動く気持ちを、時間の経過とともに繊細に演じているのがソフィー・マルソーであり、監督フランソワ・オゾンの演出がまた心に響くのであった。

監督:フランソワ・オゾン  
出演:ソフィー・マルソー | アンドレ・デュソリエ | ジェラルディーヌ・ペラス


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