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早朝に動き出すと、なにかと得した気分になる

「早起きは三文の徳」とよく言われる。朝起きたらいいことあるよと。

今日は仕事が期限が近かったので追い込まれて、早起きをして仕事を始めた。5時に起きて、カタカタとパソコンでプログラミングをしていた。
あまりにも追い込まれ過ぎていて、朝早いにもかかわらず自然と起床し、そのまま仕事に向かう心構えができあがっていた。

やっていた仕事は、そんなに創造性の高いものではなく、どちらかというと雑用に近いプログラミングだ。今日中に仕上げないといけない。黙々とやっていたら7時になっていた、朝ごはんだ。

ごはんを食べたあと、1時間ほど散歩して、家族を送り出したら9時過ぎ。そこから仕事を再開した。11時くらいからはミーティングが立て続けに入っていたので、ひとりで作業集中できるゴールデンタイムはそこで終了。

その後もいつも通り、ミーティングだらけで終わってしまうような一日だったが、なんだか充実していた。朝の時間である程度の成果を出せていたことがその充実感につながってそうだと気づいた。
小さなことだけど、やり終えた感触。一日過ごしているなかで「朝、アレやったもんな」と何度も思い返していたような気がする。

周りに流されていただけで、気づいたら夕方になるような日はまったくアウトプットがない状態で、夜を迎える。徒労感だけが残る。
一日の早い段階で、なにかひとつだけでも終わらせておくことが重要なカギなのかもしれない。

・・・

思い返せば、日曜は朝6時前に起きることができたので、スーパー銭湯の朝風呂に出かけた。ゲームしようかと思ったが、踏ん張って出かけたのだ。

スーパー銭湯に行ってみると、いつもの半分くらいの混雑さで非常に快適だった。サウナも混み合っていなくて、外気浴でもお気に入りの椅子でととのうことができた。ちょうど朝晩は肌寒くなってきたので、外気浴がとても颯爽感があったのもまたよかった。

「あぁ…朝早く起きてよかったな」と、心底思った。

・・・

朝早く起きて、その後いいことが起こる。そうしたときに人は、すくなくとも私は、朝早く起きたおかけだと半ば決めつける傾向にあるのかもしれない。

いいことが起こったのはたまたまかもしれない。ただ、朝早く起きた自分を褒め称えるかのように「早起きは三文の徳っ!」と言いたいのだ、たぶん。

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