地味に大事なリフレクション(伝え返し)

本日のお話は、フォーカシングの実践的なことです。しかも、リスニングの中級・上級編へと階段を登った後に、振り返ってみると立ち現われてくるベーシックな事柄になります。お題は「リフレクション(伝え返し)」です。


はじめに: リスニングの入門編、リフレクション

話し手の言った言葉やフレーズを聴き手が繰り返すことを、「リフクション」と言ったりします。リフレクションの訳語としては、「伝え返し」が定着しているかもしれせん。また、リフレクションは、古くからある文献だと、「反射」とも訳されてきました。

まず、リフレクションは、リスニングの基本的なものとフォーカシングでは位置付けられています。フォーカシングの練習会で、役割を決める前に次のような質問が出ることは“あるある”なのかもしれません。「まだ伝え返ししかできないんですけど、私がリスナーをやってみてもいいですか?」。リスニングが若葉マークの人にとって、それくらい手始めに身につけるのが伝え返し(リフレクション)だということです。リフレクションの習得は、将棋で言えば、持ち駒に「歩(ふ)」を得たようなものです。


リスニングの上達

続いて、リフレクション以上の応答を聴き手が試みるとなると、「フォーカシング教示法」になるでしょうか。例えば、「その職場での気がかりに居場所を作ってみましょうか」「胸のあたりの感じ、『ザワザワ』っていう言い方で合ってます?」「あっ、ザワザワよりむしろ『べた~』っとですか。その『べた~』って、○○さんに何を伝えてるんでしょうね?」。教示法が使えると、「桂馬」やら「銀」やらのように、聴き手としての持ち駒が増えてきた気がします。

その後、中級・上級のワークショップに参加すると、デモンストレーションで聴き手が、教示法に加えて別なこともやってるのに気づきます。話し手が言ったことを受けて、聴き手が自分の中に浮かんだイメージやフレーズを口にしているのです。デモを見て、「これはすごい」「自由な応答でいいんだ」「自分もかくありたいものだ」と思うわけです。そこで、練習会に持ち帰って自分が聞き手の番で試してみると、これが話し手に喜ばれたりします。持ち駒として、もう「飛車」や「角」を手に入れたようなものです。


上達途上の落とし穴

しかし、この段階に落とし穴が待っていることもあります。ややもすると、聴き手としての自分のフェルトセンスから出た応答で悦に入り、直後に話し手がどう反応したかに気付く余裕がなくなってしまうきらいがあるのです。気付かないままに味を占めて応答を連発すると、聞き手は話し手に対し、次のような印象を与えてしまいかねません。「あ~あ、話持ってかれちゃった。今、私が喋ってる番なのに」


基本に立ち返る

そんな時に改めて際立ってくるのが、「リフレクション」の大切さです。聴き手としての自分の感じを伝えた後にリフレクションをすると、自分が相手の反応をないがしろにせず、受け止めていることが話し手に伝わったりします。

聴き手側の気持ちを伝える応答の後でリフレクションに立ち戻ることを、実は池見陽先生はおこなっています。しかしながら、その手前にある追体験的応答の華やかさに隠れて、直後のリフレクションは注目されてこなかったようです。そこで、後フォローとしてのリフレクションをフィーチャーしてみたくなった、というわけです。


添付資料「地味に大事なリフレクション」

池見先生主催の「サンガ心の開花」という会において、代打として、同期の筒井さんと共同でプレゼンしたときの配布資料が以下のものになります。

田中秀男・筒井優介 (2018, March). 地味に大事なリフレクション サンガ心の開花・配布資料

添付資料内では、『傾聴・心理臨床学アップデートとフォーカシング』(ナカニシヤ出版)にある会話のやり取りをアレンジしながら、良い応答例・悪い応答例を書いてみました。


おわりに: 「残心」としてのリフレクション

聴き手側の気持ちを伝えた直後は、気を抜きがちだけど抜けないところです。これを剣道になぞらえてみるならば、打突後の「残心(ざんしん)」のようなものだと、個人的には思っています。

動画:【剣道】「残心」って何?(「剣道三段五段」チャンネルより)

残心が打ちっ放しに終わらないのと同じように、リフレクションは応答しっぱなしに終わらないという意味で肝要ではないかと思う次第です。

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