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【書籍】人材育成から経営戦略へ:中小企業の人事評価制度の真髄ー山元浩二氏
山元浩二著『改訂版 小さな会社は人事評価制度で人を育てなさい! 』(2014年、KADOKAWA/中経出版)を再度読み直しました。この本は、2014年に出版されたということで、10年経過しています。
一方、本書は、中小企業向けの人事評価制度の導入と運用について詳細に解説した実践的なガイドブックであり、今でも色あせるありません。
著者の山元浩二氏は、長年にわたる中小企業支援の経験から得た豊富な知見を基に、人事評価制度の重要性と効果的な実践方法を提示しています。本書は、中小企業の経営者や人事担当者が、自社に適した人事評価制度を構築し、運用していくための具体的なステップを示しており、多くの企業の成功事例も交えながら説明しています。
山元氏は、中小企業特有の課題や懸念事項にも深く言及しており、限られたリソースや経験不足の中でも効果的な制度を構築・運用できることを示しています。また、人事評価制度が単なる給与決定のツールではなく、会社全体の成長戦略の重要な一部であることを強調しています。
私も中小企業の人事制度の支援をしておりますが、活用できる部分が非常に多いと感じています。この機会に再度、紐解いてみたいと思います。
1.人事評価制度の本質的な目的
人事評価制度の本質的な目的は、「人材育成を通じた経営目標の達成」にあります。これは単なる査定や賃金決定のツールではなく、社員の成長を促し、会社全体の発展につなげるものです。山元氏は、多くの中小企業が陥りがちな「評価=査定=賃金」という誤解を解き、人事評価制度が持つ本来の機能と価値を強調しています。
適切に設計・運用された人事評価制度は、社員のモチベーション向上、スキルアップ、そして会社の業績向上につながる重要な経営ツールとなります。山元氏も、この点を特に強調し、人事評価制度が単なる人事部門の仕事ではなく、経営戦略の重要な一部であることを説いています。
また、人事評価制度の導入によって得られる具体的なメリットについても詳しく解説しています。
例えば、社員の成長度合いが可視化されることで、適材適所の人員配置が可能になること、会社の期待と社員の行動のギャップが明確になり、効果的な教育投資ができるようになること、そして何より、社員一人ひとりが自身の強みと弱みを客観的に把握し、自己成長につなげられることなどが挙げられています。
2.「経営計画書」があって人事評価制度が導入できる
人事評価制度を導入する前提として、経営計画書の作成が不可欠です。これには経営理念、基本方針、ビジョン、具体的な戦略などを含みます。この過程で会社の方向性を明確にし、それを社員と共有することが重要です。私も、ここは大切にしています。「人事評価制度を導入したいので作成してくれないか」という問い合わせをよく受けますが、経営計画書に当たる部分、あるいはそれに付随する部分を確認するようにしています。
山元氏は、経営計画書作成の具体的な手順を示しており、経営理念の策定から5年後のビジョン設定、そして具体的な戦略の立案まで、ステップバイステップで解説しています。
経営計画書の作成プロセスについて、著者は特に以下の点を重視しています。
経営理念の策定:会社の存在意義や社会的使命を明確にします。
基本方針/経営姿勢の決定:経営理念を実現するための基本的な考え方や行動指針を定めます。
ビジョンの設定:5年後や10年後の具体的な会社の姿を描きます。
経営戦略の立案:ビジョンを実現するための具体的な方策を考えます。
山元氏は、この作業を通じて、経営者自身が会社の将来像を明確にし、それを社員と共有することで、組織全体のベクトルを合わせることができると説いています。また、この経営計画書が人事評価制度の基盤となり、評価項目や基準の設定に直接反映されるとしています。
3.評価基準の分け方
評価基準は、業績項目、成果項目、能力項目、情意項目の4つのカテゴリーで構成します。これらをグレード(職位)ごとに設定し、社員の役割や期待に応じた評価ができるようにします。
業績項目:数値で測れる結果を評価します。例えば、売上高、利益率、顧客満足度などが含まれます。
成果項目:数値化できない重要な仕事や役割を評価します。プロジェクトの成功、新規事業の立ち上げ、チーム運営などが該当します。
能力項目:業績や成果を上げるために必要なスキルを評価します。専門知識、リーダーシップ、問題解決能力などが含まれます。
情意項目:仕事に対する姿勢や態度を評価します。積極性、協調性、倫理観などを評価対象とします。
山元氏は、これらの項目をバランスよく設定することの重要性を強調し、具体的な例を多数提示しています。特に、中小企業では往々にして業績項目に偏りがちですが、長期的な会社の成長のためには、能力項目や情意項目も同様に重要であることを説いています。
また、グレードごとの評価基準の設定方法についても詳しく解説しています。例えば、新入社員レベルでは基本的なスキルの習得や仕事への姿勢を重視し、管理職レベルではより高度な判断力やリーダーシップを評価するなど、役割に応じた評価基準の設定が必要だとしています。実は、ここがはっきりしていないことが多く見受けられます。グレードが上(高い給与を得られている)の場合は、同じ業績でも評価は厳しくなるはずです。
4.評価制度の運用の6ステップ
a) 評価の実施
評価者と被評価者が独立して評価を行います。この段階では、評価者の主観を排除し、事実に基づいた評価を行うことが重要です。評価期間中の具体的な行動や成果を記録しておくことが重要です。いわゆる、期中の「観察」なのでが、ここもしっかりできていないケースがあります。上司の大切な仕事です。
b) 評価結果の集約・分析
評価結果を集計し、全体的な傾向を分析します。この段階では、評価者間のばらつきや、部門間の評価の偏りなどを確認します。いわゆる「査定」にあたるものです。なお山元氏は、この分析を通じて、評価基準自体の妥当性も検証すべきだと述べています。
c) 育成会議
評価者間で評価結果を調整し、公平性を確保します。ここでは単に点数を調整するだけでなく、評価の根拠や考え方を共有し、組織全体の評価基準を統一する重要な機会となります。
d) 賃金・賞与検討会議
評価結果を基に処遇を決定します。山元氏は、評価と処遇を直接リンクさせることの是非についても言及し、会社の状況に応じて柔軟に対応することの重要性示しています。
e) 育成面談
評価結果を本人にフィードバックし、今後の目標を設定します。山元氏は、この面談を単なる結果通知の場ではなく、社員の成長を支援する重要な機会として位置づけています。具体的な面談の進め方や、効果的なフィードバックの方法についても詳しく解説しています。
f) 達成度チェック・支援
次の評価期間中、目標達成に向けた進捗を確認し、支援します。この継続的なフォローアップが制度の効果を最大化する鍵だと強調しています。
これらのステップを確実に実行することで、公平で効果的な評価が可能になると説いています。特に、多くの企業で見落とされがちな「育成会議」と「達成度チェック・支援」の重要性を強調しています。これらのプロセスを通じて、評価制度が単なる査定ではなく、真の人材育成ツールとして機能するとしています。
5.育成会議と育成面談
特に重要なプロセスは育成会議と育成面談です。
育成会議では評価者間の判断のばらつきを調整し、評価の公平性と一貫性を確保します。ここでは、単に点数を合わせるだけでなく、なぜそのような評価になったのかを議論し、評価者の目線合わせも行います。
本書では、育成会議の具体的な進め方についても詳しく解説しています。例えば、評価結果に大きな差異がある場合の調整方法や、評価の根拠を明確に説明することの重要性などを強調しています。また、この会議を通じて評価者自身も成長できることを指摘し、組織全体の評価スキル向上につながると説いています。
育成面談では評価結果を本人にフィードバックするとともに、今後の成長目標を設定します。著者は、この面談を単なる結果通知の場ではなく、社員の成長を支援する重要な機会として位置づけています。面談の進め方について、以下のポイントを挙げています。
評価結果の丁寧な説明
社員の自己評価との差異の確認
強みの伸ばし方、弱みの克服方法の討議
次期の具体的な目標設定
キャリアプランの確認と支援
著者は、この面談を通じて社員と上司のコミュニケーションが深まり、信頼関係の構築にもつながると説いています。
6.トライアル評価の実施
本格的な運用を開始する前に、トライアル評価を3回程度実施することを推奨しています。これにより、評価者の評価スキル向上や評価基準の改善、賃金への反映シミュレーションなどが可能になります。このトライアル期間を通じて、制度自体の問題点を洗い出し、改善することを強調しています。
トライアル評価の具体的な進め方として、著者は以下のようなステップを提案しています。
1回目:評価プロセスの理解と評価基準の確認
2回目:評価者の評価スキル向上と評価基準の微調整
3回目:賃金・賞与への反映シミュレーションと最終調整
各回のトライアル後には、必ず振り返りを行い、問題点や改善点を洗い出すことが重要です。また、このプロセスを通じて、評価者と被評価者の双方が制度への理解を深め、スムーズな本格導入につながると説いています。
はじめから完璧な制度を目指すのではなく、運用しながら改善していく姿勢が大切だとしています。特に中小企業では、リソースの制約から完璧を求めると導入自体が遅れてしまう可能性があるため、まずは始めること自体が重要です。
7.制度の継続的改善
制度の導入後も継続的な改善が必要です。社員の納得度を定期的に調査し、問題点を把握・解決していくことで、より効果的な制度に進化させていきます。著者は、「納得度アンケート」の実施方法や活用方法についても詳しく解説しており、このフィードバックを基に制度を改善していく具体的な方法を示しています。
納得度アンケートの項目例として、以下のようなものが挙げられています。
評価制度の理解度
評価結果の納得度
育成面談の有効性
評価制度の会社への貢献度
制度に対する改善要望
このアンケート結果を単に集計するだけでなく、深堀りして分析することが重要です。例えば、納得度の低い部署や職層を特定し、その原因を探ることで、より効果的な改善策を見出すことができると述べています。
また、アンケート結果を社員にフィードバックし、改善のプロセスを共有することで、制度への信頼性が高まるでしょう。「共有すること」それ自体が重要です。
8.人事制度導入の副次的効果
人事評価制度導入の効果が単に社員の能力向上や業績アップだけに止まるものではありません。例えば、以下のような副次的な効果も紹介されています:
社内コミュニケーションの活性化
経営理念や会社の方向性の浸透
社員の帰属意識の向上
採用における応募者の質の向上
取引先や顧客からの信頼度アップ
これらの事例は、人事評価制度が単なる人事施策ではなく、会社全体の成長戦略の重要な一部であることを如実に示しています。なので、前半で述べた「経営計画書」が必要なのです。
9.中小企業ほど人事制度を、課題の突破口はある
山元氏は、中小企業こそ人事評価制度が必要であり、その効果も大きいと主張しています。規模が小さいからこそ、一人ひとりの社員の成長が会社全体に大きな影響を与えるためです。また、制度の導入と運用には困難が伴うかもしれませんが、それを乗り越えることで組織の強化につながると説いています。著者は、中小企業特有の課題(例:評価者の経験不足、限られたリソース)にも言及し、それらを克服するための具体的な方策を提案しています。
評価者の経験不足に対しては、以下のような対策を提案しています。
評価者研修の徹底実施
評価ガイドラインの作成と配布
先輩評価者によるメンタリング制度の導入
評価結果の検証と継続的なフィードバック
限られたリソースに対しては、以下のような工夫を提案しています。
評価項目の絞り込みによる効率化
ITツールの活用による評価プロセスの簡素化
外部専門家の活用(特に導入初期段階)
段階的な導入による負荷の分散
これらの課題を克服することで、中小企業ならではの機動力と柔軟性を活かした、効果的な人事評価制度の運用が可能になるでしょう。
10.まとめ
人事評価制度を通じて「社員と会社がともに成長する」という理想的な状態を実現するためのロードマップを提供している本書は、中小企業の持続的な成長と発展を目指す経営者にとって、貴重な指針となるでしょう。著者の豊富な経験と実践的なアプローチは、読者に具体的な行動を起こすための勇気と知恵を与えてくれます。
本書の最後で山元氏は、人事評価制度の導入はゴールではなく、むしろ組織変革の出発点であると強調しています。継続的な改善と運用を通じて、組織全体の成長につなげていくことの重要性を説いており、長期的な視点と粘り強い取り組みを促しています。
本書は中小企業における人事評価制度の重要性を明確に示し、その導入と運用の具体的な方法を提供することで、多くの中小企業経営者や人事担当者にとって、実践的で有益なガイドとなっています。人材育成と組織の成長に真剣に取り組もうとする中小企業にとって、本書は必読の一冊といえるでしょう。
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