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【書籍】顧客価値を最大化するBtoBマーケティングの新戦略とデジタル活用法ー人事の視点の考察も

 栗原康太著 『事例で学ぶ BtoBマーケティングの戦略と実践』(すばる社、2020年)を拝読しました。 

 現代のビジネス環境において、BtoBマーケティングは企業の成長戦略において欠かせない要素となっています。特にデジタル技術の急速な進展に伴い、顧客の購買行動や情報収集の手段が劇的に変化しました。これにより、企業は従来の営業手法に依存するだけでなく、Webサイトやオンライン広告、ソーシャルメディアを活用したデジタルマーケティングの導入が求められるようになっています。

 本書では、BtoBマーケティングの基本的な概念から、具体的な実践方法、さらにはデジタル化の影響や新たなチャネルの活用法まで、幅広く解説します。また、実際の事例を通じて、成功するマーケティング戦略の組み立て方や、顧客との長期的な関係を構築するための方法についても詳述しています。これにより、マーケティング担当者や経営者が、効果的なマーケティング活動を展開し、ビジネスを持続的に成長させるためのヒントを得られるでしょう。

 さらに、この視点を人事の立場でこのように応用できるのかを検討してみたいと思います。

BtoBマーケティングの重要性

 インターネットの急速な普及とともに、ビジネスにおける顧客の行動が大きく変わり始めています。かつては、顧客との接点は限られ、展示会や電話での営業が主なチャネルでしたが、現在では企業のWebサイトやオンライン広告、ソーシャルメディアなど、デジタルなタッチポイントが圧倒的に増加しました。特にBtoB(企業間取引)マーケティングでは、従来のアウトバウンド型営業から、インバウンド型のデジタルマーケティングへのシフトが求められています。

 具体的な理由としては、BtoB企業の顧客が情報を求める際に、最初に検索エンジンや企業のWebサイトにアクセスすることが一般化している点が挙げられます。この変化は、従来の営業スタイルに依存していた企業にとって、競争力を維持するためにマーケティング活動を強化する重要な理由となっています。特に、コロナ禍により、オフラインでの展示会やセミナーが開催できなくなったことから、オンラインでの営業活動の重要性が一層増してきました。

BtoBマーケティングの特徴

 BtoC(消費者向けマーケティング)とBtoBマーケティングの違いを理解することは、効果的な戦略を立てる上で極めて重要です。BtoCマーケティングでは、個人消費者に対する広告が主であり、購買決定は比較的短期間で行われますが、BtoBでは購買に至るまでに複数の関係者が関与し、意思決定のプロセスが長期化する傾向にあります。また、購買理由も異なり、BtoBでは主に企業の利益向上やコスト削減が目的となるため、課題解決に寄与する提案が求められます。

 さらに、BtoBマーケティングではLTV(顧客生涯価値)や商談数が極めて重要な指標となります。LTVが高ければ高いほど、より積極的なマーケティング投資が可能となり、広告予算の投入や新規チャネルの開拓など、様々な施策を試す余裕が生まれます。特に、LTVが強い企業では、ユニットエコノミクス(1顧客あたりの取引の収益性)が健全なため、マーケティング施策の自由度が高まり、市場での成功確率が高くなります。

LTVの強化とマーケティング投資

 LTVの強化は、BtoBマーケティング戦略の成功に直結する要素です。例えば、ある企業が「Webからのリード数を前年比300%に増やしたい」といった目標を掲げた場合、LTVが高いビジネスであれば、戦略の自由度が大幅に増します。LTVとは、顧客が生涯にわたって生み出す利益の総額を指します。これを高めることで、顧客獲得コスト(CAC)を上回る利益を確保でき、長期的なビジネス成長が可能となります。

 例えば、SaaSビジネス(Software as a Service)では、LTVが高ければテレビ広告や大規模なカンファレンスの開催など、大胆なマーケティング投資が可能になります。逆に、LTVが低い場合は、予算の制約が大きく、テレアポや郵送DM、低コストの広告チャネルに依存せざるを得なくなります。このように、LTVの強さはマーケティング施策の選択肢を左右し、戦略立案に大きな影響を与えます。

マーケティングプロジェクトの進行

 BtoBマーケティングにおいては、プロジェクトの進め方が成果を左右します。成功事例として紹介されているのは、ある企業が3年間でリード数を30倍にし、業界2位に上り詰めたというものです。この企業では、Webサイトを活用したインバウンドマーケティングにシフトし、顧客が自発的に情報を得ることができる仕組みを構築しました。その結果、問い合わせ数が大幅に増加し、営業パーソンの負担が減るとともに、売上と利益の向上にもつながりました。

 このように、BtoBマーケティングでは、インバウンド型の仕組みを構築することが成功の鍵となります。具体的な施策としては、SEO対策、コンテンツマーケティング、ソーシャルメディアの活用などが挙げられます。また、顧客とのタッチポイントを増やし、各段階で適切な情報を提供することが重要です。このプロセスを通じて、顧客の購買プロセスの大部分が営業パーソンに接触する前に完了するような状態を目指します。

テレワークとデジタル化

 新型コロナウイルスのパンデミックは、BtoBマーケティングに大きな変革をもたらしました。従来の展示会やセミナー、対面での商談が制限される中、デジタルチャネルへの依存が急速に進んでいます。テレワークの普及により、顧客と接触する機会が減少する一方で、オンラインセミナーやWeb商談など、新たな手法が注目されています。

 オンライン施策の利点は、コストが抑えられる点と、広範囲の見込み顧客にアプローチできる点です。特に、オンラインセミナーは対面イベントよりも集客しやすく、リード獲得に有効な手段として多くの企業で採用されています。一方で、商談化率の低下やリードタイムの長期化といった課題も生じており、これに対する対策としては、リード育成プロセスの強化や、オンライン営業スキルの向上が求められます。

ケーススタディ

 当書籍では、様々な企業が直面するBtoBマーケティングの課題に対するケーススタディが紹介されています。例えば、あるスタートアップ企業では、リード数が頭打ちになり、新規顧客の獲得に苦労していたが、マーケティングオートメーション(MA)ツールを活用することで、リード育成プロセスを自動化し、効率的に商談を増やすことができました。また、ある上場企業では、競合の参入によりCPA(顧客獲得単価)が高騰し、受注率が低下していましたが、ターゲティングを見直し、より効果的なマーケティング施策を実行することで改善に成功しています。

 これらの事例は、マーケティング課題に対して柔軟に対応し、適切な施策を実行することの重要性を示しています。特に、デジタルチャネルの活用や、MAツールによるリード育成プロセスの自動化など、現代のBtoBマーケティングにおけるトレンドが紹介されています。

 マーケティングは、単なる技術やツールの活用だけでなく、企業全体の戦略や組織運営にも大きく影響を与えるでしょう。

人事領域への活かし方

 BtoBマーケティングに関する内容を人事分野にどう応用するかを考察してみます。活用の幅は大きいです。

1. デジタル化とテクノロジーの活用

 BtoBマーケティングの世界では、顧客との接点が増加し、デジタルチャネルが企業にとって重要な役割を果たすようになっています。これと同様に、人事領域でもデジタル化は不可欠な要素となりつつあります。特に最近では、従業員のデータ管理やパフォーマンス評価、リーダーシップ開発、採用プロセスにおいて、さまざまなデジタルツールが導入されています。
 例えば、HRテクノロジー分野でよく使われるのが、HRIS(Human Resource Information System:人事情報管理システム)やTMS(Talent Management System:タレントマネジメントシステム)です。これらのシステムは、従業員データをリアルタイムで分析し、組織全体のパフォーマンスを可視化することで、より効果的な人材戦略を構築するのに役立ちます。

 マーケティングにおいては、顧客とのタッチポイントを増やし、デジタルチャネルを活用することで効率的に顧客との接触機会を持つことが可能です。同様に、人事部門でも、従業員との接触機会を増やし、従業員エンゲージメントを向上させるためにデジタルツールを積極的に活用することが求められます。
 具体的には、リモートワークの普及が進んだ現代において、Web会議ツールやチャットツールを活用してチームメンバー間のコミュニケーションを促進し、従業員同士の連携を強化することが重要です。さらに、従業員のスキルアップやキャリア成長を支援するために、オンライン研修やeラーニングプラットフォームを導入することも効果的です。これにより、従業員が自身の成長を実感し、組織へのロイヤルティが高まります。

 また、デジタルツールを活用した採用活動も注目されています。従来の求人サイトや紙媒体を使った採用活動に代わり、SNSやリファラル採用、AIを活用した履歴書のスクリーニングなどが普及しています。これにより、企業はより広範な候補者プールから適切な人材を見つけ出すことが可能になり、採用活動の効率化が進んでいます。BtoBマーケティングのデジタル化が企業の成長を支えているように、人事部門でもデジタル技術を最大限に活用することが、今後の組織の競争力向上につながるでしょう。

2. LTV(顧客生涯価値)を従業員生涯価値に置き換える

 マーケティングの世界で非常に重要な概念である「LTV(顧客生涯価値)」は、人事分野においては「従業員生涯価値」として考えることができます。LTVは、1人の顧客が生涯にわたって企業にもたらす利益の合計を意味しますが、人事においては「従業員が企業に在籍する間にどれだけの価値をもたらすか」を意味します。特に優秀な従業員が企業に長期的に貢献するための環境を整えることが、従業員生涯価値を高めるための基本的なアプローチです。

 まず、従業員の定着率を高めるためには、キャリアパスの設計やスキルアップの機会を提供することが必要です。従業員が自分のキャリアに対して成長を感じられる環境を提供することで、従業員の離職率を下げ、長期的な視点で企業に貢献してもらうことが可能となります。具体的には、昇進や新たなスキル習得を促進するための研修プログラムや、メンターシップ制度を導入することで、従業員が成長し続けるための支援体制を整えることが有効です。

 また、従業員生涯価値を最大化するためには、従業員のエンゲージメントを高めることが不可欠です。BtoBマーケティングで顧客ロイヤルティを高めるための施策を実行するように、人事においても、従業員が企業に対して強いロイヤルティを感じられるような施策を実施することが求められます。
 例えば、リモートワークを導入している企業では、定期的な1on1ミーティングやフィードバックセッションを通じて、従業員が自分の貢献度や業務の方向性を確認できるようにすることが効果的です。こうした取り組みによって、従業員のモチベーションが維持され、結果的に生産性向上と長期的な貢献につながります。

 LTVの高い企業がマーケティング戦略の自由度を高められるように、従業員生涯価値の高い企業は、人事施策においてより柔軟かつ積極的な投資が可能となります。従業員に対する福利厚生の充実や働きやすい環境の整備が、企業全体の成長を支える鍵となるでしょう。

3. マーケティングの「リード育成」を人材育成に応用

 BtoBマーケティングでは、見込み客(リード)を育成し、商談につなげるためのプロセスが非常に重要とされています。このリード育成の考え方は、人事分野における「タレント育成」に応用できます。リード育成のように、従業員が成長していく過程をフォローし、適切なタイミングでトレーニングやスキルアップの機会を提供することで、企業にとっての「リード」(見込みのある従業員)を「優秀な人材」へと育てることが可能です。

 タレント育成においては、マーケティングオートメーション(MA)ツールのように、タレントマネジメントシステムを活用することで、従業員のスキルやキャリアの進捗を自動的にトラッキングし、次にどのようなトレーニングが必要かを可視化することができます。これにより、個別の従業員に対してパーソナライズされた育成プランを提供でき、従業員の成長速度を加速させることができます。

 また、新入社員や若手社員に対して、適切なサポートを提供することで、早期離職を防ぎ、長期的に企業に貢献してもらうための育成プロセスを設計することが重要です。BtoBマーケティングにおいては、見込み客とのコミュニケーションが段階的に進み、最終的に商談へとつなげるプロセスが重視されます。
 同様に、人事においても、従業員の成長プロセスを段階的に設計し、スキルアップからリーダーシップ育成まで、体系的にサポートすることが求められます。これにより、組織内でのキャリアアップがスムーズに進み、従業員のモチベーションとパフォーマンスが向上します。

4. 人事におけるデータドリブンな意思決定

 マーケティング分野では、デジタルツールを活用し、データに基づいて施策を打つ「データドリブンマーケティング」が広く活用されています。
 同様に、人事部門でも「データドリブンHR」が重要な役割を果たすようになっています。従業員のパフォーマンスデータ、エンゲージメントスコア、スキルデータなどを活用して、どのような施策が最も効果的かを分析し、それに基づいて適切な人事施策を講じることができます。

 例えば、タレントアナリティクスを使用して、従業員の離職リスクを早期に察知し、必要な対応策を講じることが可能です。離職率が高い部署や従業員の共通の特徴をデータ分析によって把握し、その原因に対する対策を立てることができます。また、どのようなスキルや経験が高い成果を生むのかを分析し、それに基づいて採用や育成プログラムを設計することで、より精度の高い採用や人材配置が可能となります。

 データドリブンな人事施策は、従来の経験や勘に頼るアプローチとは異なり、科学的な根拠に基づいて意思決定を行うため、より精度の高い結果が期待できます。さらに、データを活用することで、組織全体のパフォーマンスをリアルタイムでモニタリングし、適切なタイミングでの介入が可能となります。これにより、従業員のエンゲージメントや生産性を最大化し、組織の成長を加速させることができるのです。

5. カスタマージャーニーと同様の従業員ジャーニー設計

 マーケティングにおける「カスタマージャーニー」は、顧客が商品やサービスを購入するまでのプロセスを指し、各段階での顧客体験を最適化することが重要視されています。この考え方を人事領域に応用し、「従業員ジャーニー」を設計することで、従業員のエンゲージメントと生産性を向上させることが可能です。

 従業員ジャーニーとは、従業員が企業に入社してから退職するまでの間に、どのような経験をするかを包括的にデザインするプロセスです。このジャーニーを最適化することで、従業員は自分のキャリアと企業での役割に対してより高い満足感を感じ、企業に長く貢献しようという意欲が高まります。

 具体的には、入社時のオンボーディングプロセスからキャリアアップの機会、パフォーマンスレビューのフィードバック、そして最終的には退職後のアルムナイプログラム(元従業員との関係維持)に至るまで、各段階での従業員体験を改善することが求められます。特に、新入社員に対しては、初期段階でのサポートが重要であり、適切なオンボーディングを実施することで、早期離職を防ぎ、長期的な定着を促すことができます。

 マーケティングにおける顧客体験の最適化が、顧客のロイヤルティ向上につながるように、従業員ジャーニーの最適化も従業員の満足度とエンゲージメントの向上に寄与します。従業員が企業での経験に対してポジティブな印象を持つことで、生産性が向上し、企業全体の成長につながるでしょう。

まとめ

 BtoBマーケティングの考え方や手法は、人事領域に数多くの応用可能な要素を持っています。デジタルツールの活用、従業員生涯価値の最大化、リード育成のタレント育成への応用、データドリブンな意思決定、従業員ジャーニーの設計など、これらのマーケティングの原則を人事に取り入れることで、より効果的な人材マネジメントが実現します。
 これらのアプローチを積極的に取り入れることで、組織の成長と従業員の満足度向上を図ることができるでしょう。

BtoBマーケティングの概念が人事分野に応用しています。デジタルダッシュボードには、従業員データ分析、従業員の生涯価値(LTV)、タレントマネジメントのチャートが表示され、参加者たちがそれらを元に議論しています。壁に描かれたフローチャートは、「カスタマージャーニー」を「従業員ジャーニー」に置き換えたプロセスを強調し、現代的なオフィスツールとデジタル技術を使ったコラボレーションの場を象徴しています。データドリブンな戦略がHRに浸透し、従業員育成やエンゲージメントの向上に寄与している様子をよく表しています。


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