見出し画像

【書籍】「生産性1.5倍の秘密」:ドイツ式ワークスタイルが示す働き方の未来ー西村栄基氏

 西村栄基著『ドイツ人のすごい働き方 日本の3倍休んで成果は1.5倍の秘密』(すばる舎、2024年)を拝読しました。西村さんは、私と同じBBT大学院を修了された方でもあります。

 ドイツ式の働き方とその成果について、本書は驚くべき事実を明らかにしています。人々が想像する以上に、ドイツと日本の働き方には大きな違いがあり、その差異が生産性の違いとなって表れているのです。
 「そんなのはドイツの話」と思うかも知れませんが、日本でも、そして私たち一人ひとりにも応用が利きそう。そして、企業の組織運営にも役に立ちそうです。

驚異的な休暇取得と生産性の両立

 ドイツの労働環境における最も顕著な特徴は、年間約30日という豊富な有給休暇を完全消化しながら、驚くべき生産性を維持していることです。統計によれば、ドイツの労働時間は日本と比較して年間266時間も短いにもかかわらず、労働生産性は約1.5倍を記録しています。これは決して偶然ではなく、早朝から仕事を始め、夕方には確実に帰宅するという規則正しい勤務形態と、残業を前提としない効率重視の仕事術によって実現されています。さらに、休暇中は仕事から完全に切り離されることで、真のリフレッシュが可能となり、それが高い生産性の維持につながっているのです。

高生産性を支える仕組みと習慣

 ドイツ企業の高い生産性は、綿密に設計された複数の仕組みによって支えられています。最も重要な要素は、朝型の働き方の徹底です。多くのドイツ人は6時には活動を開始し、午前中の集中力が最も高い時間帯を重要な業務に充てています。この時間帯には会議を入れず、個人作業に集中できる環境を整えています。
 次に、職場の整理整頓の徹底があります。これにより、探し物による時間のロスを最小限に抑え、業務効率を大きく向上させています。会議運営においても、目的の明確化と、必要最小限の人員による参加を原則とし、無駄な時間を排除しています。
 また、定期的な長期休暇の取得により心身をリフレッシュし、持続的な高パフォーマンスを実現しています。これらの要素が複合的に機能することで、短い労働時間でも高い生産性を実現できているのです。

専門性を重視した人材育成システム

 ドイツの人材育成システムの中核を成すのが、マイスター制度に代表される専門性の追求です。教育システムの特徴として、10歳という早期段階での進路選択があります。これにより、子どもたちは早くから自分の適性や興味に合った教育を受けることができ、将来のキャリアに向けた準備を始めることができます。職業教育も極めて充実しており、理論と実践を組み合わせた「デュアルシステム」により、企業に入社した時点で即戦力として活躍できる人材を育成しています。
 また、生涯学習の考え方が根付いており、継続的なスキルアップが当たり前の文化として定着しています。これらの要素が組み合わさることで、高度な専門性を持つプロフェッショナル人材の育成が可能となっています。

日本企業への実践的な応用方法

 ドイツの働き方の要素は、適切なカスタマイズを行えば日本企業にも十分に応用可能です。最も重要な変革は、仕事の進め方を「フロー型」から「ストック型」へと転換することです。フロー型の仕事は目の前の対応に追われ、知識や経験が蓄積されにくい特徴がありますが、ストック型の仕事では、一度行った作業が将来の資産として活用できます。

 次に重要なのが、バックアップシステムの構築です。これにより、特定の個人に仕事が集中する属人化を防ぎ、休暇取得を促進することができます。また、カフェ「ワイガヤ」スペースの設置により、役職や年齢に関係なく自由な意見交換が可能な場を提供し、イノベーションを促進することができます。さらに、個人の専門性を高め、市場価値のある「自分ブランド」を確立することで、キャリアの安定性と成長性を確保することができます。

新しい働き方の実現に向けて

 ドイツの働き方から学べる効率的な仕事術は、日本の職場環境に大きな示唆を与えています。重要なのは、ドイツのシステムを丸ごと導入するのではなく、日本の文化や特性を考慮しながら適切にカスタマイズすることです。仕事とプライベートの両立を実現しながら高い成果を上げることは、決して夢物語ではありません。本書で紹介されている具体的なアプローチを段階的に実践することで、より効率的で満足度の高い働き方を実現することができるでしょう。そして、この取り組みは個人の幸福度向上だけでなく、組織全体の生産性向上にもつながる重要な変革となることが期待されます。

人事の視点から考えること

 人事の視点からドイツ式働き方を検討すると、それは単なる働き方の変更ではなく、組織全体に波及する大きな変革の可能性を秘めていることがわかります。この変革は、採用戦略から評価制度、組織文化に至るまで、人事施策のあらゆる側面に影響を及ぼす可能性があります。いくつかの観点で検討・考察していきたいと思います。

採用戦略の革新:人材獲得における競争優位性の確立

 採用・人材獲得の観点からみると、ドイツ式の働き方の導入は極めて戦略的な意味を持ちます。現代の労働市場において、特に若手世代はワークライフバランスを重視する傾向が顕著です。従来型の日本式働き方、特に残業を前提とした労働環境は、優秀な人材の確保において大きなハンディキャップとなっています。有給休暇の確実な取得保証や、残業を前提としない効率的な働き方、専門性を活かせるジョブ型雇用、明確なキャリアパスといった要素は、採用市場における強力な差別化要因となり得ます。

 特に、専門性の高いミドル人材の獲得において、これらの要素は決定的な魅力となるでしょう。近年、転職市場では専門性の高い人材の獲得競争が激化していますが、ドイツ式の働き方を導入することで、そうした人材に対して強い訴求力を持つことができます。また、昨今注目されているダイバーシティ&インクルージョンの観点からも、多様な働き方を受け入れる組織文化の醸成につながります。

人材育成システムの再構築:体系的な教育研修の確立

 人材育成・教育研修の面では、従来の日本型OJTから、より体系的な育成システムへの転換が求められます。この転換には、職務に必要なスキルを明確化し、それを習得するための体系的な研修プログラムの設計が含まれます。また、外部資格の取得支援など、個人の専門性を高める取り組みも重要な要素となります。

 マネジメント層の育成においては、プレイングマネージャーからの脱却を図り、部下の育成・評価能力の向上に焦点を当てた研修が必要となります。特に、時間管理能力の強化は重要なテーマとなります。また、チームマネジメントのスキル、特に部下の成長を支援するコーチング能力の向上も重要です。

 評価者研修も重要性を増します。時間当たりの生産性や、専門性の深化度合いを適切に評価できる目利き力を養成する必要があります。また、チーム全体のパフォーマンスを高めるためのマネジメントスキルの向上も求められます。

評価制度の抜本的改革:成果主義と専門性の両立

 評価制度については、従来の年功序列的な要素や、長時間労働を前提とした評価基準からの脱却が必要です。時間当たり生産性を重視し、専門性の深化度合いを適切に評価する仕組みの構築が求められます。この新しい評価制度では、個人の成果だけでなく、チームへの貢献度も重要な評価要素となります。

 また、目標管理制度も再設計が必要です。従来の売上や利益といった数値目標だけでなく、プロセスの改善や、ナレッジの共有、後進の育成といった定性的な要素も適切に評価できる仕組みが求められます。さらに、評価のフィードバックも、より頻繁に、より建設的な形で行われる必要があります。

労務管理の現代化:柔軟な働き方を支える制度設計

 労務管理面では、フレックスタイム制の拡充や有給休暇取得の促進施策、残業抑制の仕組み作りなど、具体的な制度設計が必要となります。特に重要なのは、在宅勤務規定の整備や副業・兼業の許可基準の策定、休暇制度の拡充など、規則の設定・改定です。

 これらの変更には、労働組合との協議や従業員への丁寧な説明が不可欠です。特に、新しい働き方に対する不安や懸念を払拭するための丁寧なコミュニケーションが重要となります。また、制度変更にともなう給与体系の見直しも必要となる可能性があります。

組織風土改革:心理的安全性の確保とコミュニケーションの活性化

 組織風土改革も重要なテーマとなります。オープンな議論を促進し、心理的安全性を確保することは、新しい働き方を定着させるための基盤となります。縦割り組織の解消や、業務の棚卸しと効率化、会議ルールの見直し、ペーパーレス化の推進なども重要な取り組みです。

 これらの変革には、トップマネジメントの強いコミットメントと、中間管理職層の理解・協力が不可欠です。特に、中間管理職層は、新しい働き方のロールモデルとなることが求められます。そのため、管理職向けの意識改革研修や、新しいマネジメントスタイルの習得支援も重要となります。

導入コストと投資対効果:中長期的視点での検討

 システム導入費用やオフィス環境整備費用、研修・教育費用などの初期投資に加え、人件費の変動や福利厚生費の増加などのランニングコストも考慮する必要があります。しかし、これらは投資として捉える必要があります。生産性向上による収益改善効果や、優秀人材の確保・定着による長期的なメリットを定量的に評価し、経営層への提案に活かすことが重要です。

 また、段階的な導入アプローチを取ることで、投資リスクを最小化することも可能です。パイロット部門での試行を通じて、効果測定と課題の洗い出しを行い、その結果を踏まえて全社展開のロードマップを策定することが推奨されます。

リスクマネジメント:変革に伴う課題への対応

 組織変革には常にリスクが伴います。生産性低下の可能性や社内コミュニケーションの希薄化、人材流出などの組織的リスク、労働関連法規への抵触や情報セキュリティ、コンプライアンスなどの法的リスクへの対応策を事前に検討しておく必要があります。

 特に重要なのは、従来型の働き方に慣れた従業員の不安や抵抗感への対応です。新しい働き方への移行には、十分な準備期間と段階的なアプローチが必要です。また、変革の過程で生じる様々な課題に対して、迅速かつ柔軟に対応できる体制を整えておくことも重要です。

期待される効果:組織と個人の成長

 うまく導入できれば、組織への効果として生産性の向上や優秀人材の確保、イノベーションの促進が期待できます。また、従業員への効果としては、モチベーションの向上やワークライフバランスの改善、キャリア形成の促進などが期待できます。

 特に注目すべきは、これらの効果が相乗的に作用する可能性が高いことです。例えば、ワークライフバランスの改善は従業員の創造性を高め、それがイノベーションを促進し、さらなる生産性向上につながるという好循環を生み出すことが期待できます。

変革推進のためのリーダーシップ:人事部門の役割

 人事部門には、これらの変革を推進していくリーダーシップが求められます。経営層との密接な連携を図りながら、変革の方向性を明確に示し、現場の理解と協力を得ていく必要があります。また、従業員一人ひとりが新しい働き方を自分事として捉え、主体的に取り組めるような支援も重要です。

 特に重要なのは、変革の進捗状況を適切にモニタリングし、必要に応じて軌道修正を行う能力です。定量的・定性的な指標を設定し、定期的に効果測定を行いながら、PDCAサイクルを回していく必要があります。

まとめ:戦略的な組織変革としての位置づけ

 このように、ドイツ式働き方の導入は、単なる制度変更にとどまらない大きな組織変革となります。人事部門には、この変革を成功に導くための戦略的思考と実行力が求められています。

 中長期的な視点で組織の競争力強化につなげていくためには、制度面の整備だけでなく、組織文化や価値観の変革まで踏み込んだ取り組みが必要です。それは決して容易な道のりではありませんが、変革に成功すれば、組織に大きな価値をもたらすことができるでしょう。

こ のような包括的な変革を成功させるためには、人事部門自身も従来の役割から脱却し、より戦略的なパートナーとしての機能を果たしていく必要があります。それは、組織の持続的な成長と競争力強化に直結する重要な取り組みとなるはずです。

明るく効率的なオフィス環境とドイツの働き方の特徴が表れています。


いいなと思ったら応援しよう!