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【書籍】短期と長期の視点を繋ぐ:フローとストックで描く変化の本質ー細谷功氏より

 細谷功著『フローとストック 世界の先が読める「思考」と「知識」の法則』(KADOKAWA、2024年)を拝読しました。

 本書は、私たちが日常で遭遇する現象を2つの基本的な概念、「フロー」と「ストック」によって整理し、現象の理解と未来の予測を可能にする方法論を提示しています。このアプローチは、単なる理論的な分析にとどまらず、現実世界のさまざまな場面で役立ちます。

 著者である細谷氏は、個々の事象を抽象化し、それらを一貫したフレームワークで捉えることで、どのようにして未来の変化を読み解き、適切な対策を立てられるかを示しています。

 本書の主題は、「フロー(流れ)」と「ストック(蓄積)」という2つの軸を活用し、日常生活や組織運営、社会変化の本質を理解することです。また、これらの概念を使って具体的な事象を抽象化することで、普遍的な法則を見出し、それを未来の予測や問題解決に応用することが可能であるとしています。内容を確認し、人事の視点からも応用、考察をしてみたいと思います。


フロー(Flow)とは?

 フローは、「流れ」や「動き」を指し、時間とともに進行する現象やプロセスを表現します。例えば、水が蛇口から流れ出る様子、情報がインターネットを通じて伝わる過程、または人々が日々行う行動などがフローに該当します。フローの特徴は、その動的な性質と時間に伴う変化です。フローは一時的であり、瞬間ごとに新しい状態を生み出しながら進行します。

 具体的な例として、日常の生活を考えてみましょう。たとえば、日々の食事や運動はカロリーの摂取と消費というフローとして捉えることができます。このフローの積み重ねが、体重や体型というストックに反映されます。また、企業活動においては、毎日の営業活動やプロジェクトの進行がフローであり、それが売上や企業の信用度という形のストックに影響を与えます。

ストック(Stock)とは?

 一方、ストックは、フローの結果として蓄積された「状態」や「資産」を指します。たとえば、銀行口座の残高、浴槽に貯まった水、または企業のブランド価値や人間関係の信用などがストックに当たります。ストックの重要な特徴は、それが時間とともに変化することであり、この変化を引き起こすのがフローである点です。

 ストックの概念は、個人や組織の長期的な成果や資産を理解する上で特に重要です。例えば、日々の勉強というフローの積み重ねが、知識やスキルというストックを生み出します。また、企業においては、日常の業務や投資が、財務資産やノウハウといったストックを形成します。

フローとストックの関係性

 フローとストックは、互いに独立した存在ではなく、密接に関連しています。フローはストックを生み出し、その一方で、ストックは新たなフローを生むための基盤となります。この相互作用を理解することで、物事の動態や変化のパターンを深く把握することができます。

 例えば、日々のコミュニケーション(フロー)は、信頼関係(ストック)を構築します。逆に、一度築かれた信頼(ストック)は、その後の円滑なコミュニケーション(フロー)を促進します。このような関係性は、個人レベルから社会全体に至るまで、あらゆる場面で観察することができます。

 また、時間の経過とともに、フローからストックへの転換が繰り返されるプロセスは、社会の進化や個人の成長にも深く関わっています。狩猟採集社会から農耕社会への移行は、その典型例です。農耕社会では、作物を栽培し、保存するというストック型の思考が主流となり、安定的な生活基盤を築くことが可能になりました。

具体と抽象:思考のもう1つの軸

 本書では、フローとストックの理解をさらに深めるために、「具体」と「抽象」というもう1つの軸が導入されています。この軸は、人間の思考や知識の構造を説明するために不可欠な要素です。

具体(Concrete)
 具体とは、目に見える個別的な事象や具体的な行動を指します。例えば、特定の顧客との取引や、1つのプロジェクトの進行状況などが具体に当たります。

抽象(Abstract)
 抽象とは、具体的な事象から共通点やパターンを見出し、それを一般化して概念化したものを指します。例えば、営業活動全体のパターンや、特定の成功要因を抽出して分析することが抽象的な思考に該当します。

 具体と抽象の間を行き来することは、問題解決や意思決定において極めて重要です。本書では、具体的な事象を抽象化し、それをフローとストックの視点から分析することで、個別の課題に対する効果的な解決策を見つける方法を提示しています。

 細谷氏の以下書籍も参考ください。

CAFSマトリックス:分析のフレームワーク

 細谷氏は「フローとストック」と「具体と抽象」の2軸を組み合わせた「CAFSマトリックス」を提唱しています。このフレームワークは、物事を四象限で分類し、それぞれの視点から現象を分析する方法を提供します。

具体的なフロー
 具体的な行動や変化を指し、目に見えるプロセスを捉えます。例として、特定の商品の販売や日常の業務活動が挙げられます。

抽象的なフロー
 動きや変化の背後にあるパターンや法則を分析します。業界全体のトレンドや市場の変動などが該当します。

具体的なストック
 目に見える蓄積や成果物を指します。たとえば、会社の財務データや特許などがこれに当たります。

抽象的なストック
 蓄積されたデータや知見をもとに導き出された理論やモデルを指します。たとえば、組織論や戦略フレームワークが挙げられます。

 このマトリックスを活用することで、具体的な行動計画の策定から、大局的な戦略の立案まで、幅広いレベルでの意思決定が可能になります。

本書の意義と応用

 本書は、単なる理論書ではなく、実践的なツールとしても機能します。VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代において、私たちが直面する課題に対して、フローとストックの視点を用いた分析が、どのように有効であるかを具体例を通じて示しています。

 例えば、企業の経営では、短期的な成果を重視するフロー型の視点と、長期的な蓄積を重視するストック型の視点をバランスよく取り入れることが求められます。同様に、個人のキャリア形成においても、日々の学びや経験をフローとして捉え、それを知識やスキルというストックとして蓄積することが重要です。

 本書は、読者がこれらの概念を日常生活や仕事に応用することで、未来の変化をより良く予測し、適切な対応策を講じる力を養う助けとなるものです。

人事の視点から考えること

 本書の概念をもとに、組織運営や人材育成、評価制度設計における応用可能性を考察してみます。

1. フローとストックの概念を人事に応用する意義

 人事の視点で「フロー」と「ストック」を捉えると、日々の業務や短期的な成果を「フロー」、それによって形成されるスキルや経験、信頼関係、組織文化などの蓄積を「ストック」として理解することができます。この視点を採用すると、人材育成や評価制度、キャリア形成、組織運営における意思決定の質を高めることが可能になります。

 例えば、企業が短期的な売上目標や効率改善ばかりを重視すると、フローに偏った評価が行われがちです。しかし、それが中長期的なストック(社員の能力、組織の文化、顧客との関係)を犠牲にする可能性があります。一方で、ストックばかりに目を向けると、現場での迅速な対応力や新しい挑戦が抑制され、成長機会を逃すことにもつながります。この両者のバランスを考慮することが、持続的な成長を実現する鍵となります。

2. 人材育成とキャリア形成のフローとストック

フロー:日々の学びと実践
 社員が日常業務や研修を通じて新しいスキルや知識を獲得するプロセスはフローとして捉えられます。例えば、新入社員がOJTで学ぶこと、プロジェクトで新しい業務に挑戦すること、または研修を通じて専門知識を深めることが、フローに該当します。

ストック:長期的な蓄積
 
フローの結果として得られる能力や経験はストックとなり、それが社員の市場価値や組織内での活躍の基盤となります。たとえば、プロジェクトを通じて得られたノウハウや、業務を通じて築かれた顧客との信頼関係は、ストックとして蓄積されていきます。このストックが充実しているほど、社員はより複雑な課題に挑戦できるようになり、組織にとっても貴重な人材となります。

フローからストックへの転換を支援

 社員が短期的な業務(フロー)を通じて中長期的な価値(ストック)を形成できるよう支援することが重要です。例えば、プロジェクトのアサインメントを考慮し、社員が単なる作業ではなく、学びや成長の機会を得られるように設計することが求められます。また、研修プログラムを業務内容と連動させ、学んだ内容を実際の業務で活用する仕組みを作ることで、フローがストックへと効率的に転換されます。

3. 人材評価と報酬制度の設計におけるフローとストック

成果主義と年功序列の調和
 
本書で提唱されている「フローがボーナス、ストックが基本給」という考え方は、人事評価と報酬制度のバランスを考える際に非常に示唆的です。短期的な成果(フロー)は業績賞与やインセンティブで評価し、長年の貢献や蓄積されたスキル(ストック)は基本給や役職で反映させる。このような仕組みを採用することで、公平かつ効果的な評価が可能になります。

フローとストックの視点による評価基準
 
営業職を例に挙げると、フローに該当するのは短期的な売上や新規契約の獲得などです。一方、ストックは、顧客との長期的な関係性や市場におけるブランド価値の向上に寄与する活動です。人事評価では、これらの両方をバランスよく測定する仕組みが必要です。短期的な売上数字だけでなく、顧客からの信頼やリピート率、組織への貢献度も考慮することで、より包括的な評価が可能になります。

フロー型社員とストック型社員の特性を活かす
 
社員を「フロー型」と「ストック型」に分類することで、それぞれの強みを活かすことができます。フロー型社員は短期的な成果を得意とし、新規プロジェクトや変革が必要な場面で活躍します。一方、ストック型社員は、深い専門知識や経験を活かし、組織の安定や継続的な成長に寄与します。人事部門は、この特性を理解した上で、適切な配置や育成計画を策定することが求められます。

4. 組織文化の形成と維持におけるフローとストック

組織文化のフロー:日常的な行動や意思決定
 
組織文化は、社員の行動や意思決定の積み重ね(フロー)を通じて形成されます。例えば、チームでの成功体験を共有するイベントや、オープンなコミュニケーションを促進する施策などがフローに該当します。

組織文化のストック:蓄積された価値観と歴史
 
これらの日常的なフローが蓄積されることで、組織特有の価値観や行動指針といったストックが形成されます。しかし、ストックに過度に依存すると、古い慣習が変革を妨げる要因となる場合もあります。そのため、人事部門はフローを通じて定期的に文化を見直し、新しい価値観を取り入れる柔軟性を確保することが重要です。

5. VUCA時代における持続可能な人事戦略

フローとストックを活用した未来志向の人事戦略
 
現代のVUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代においては、短期的な変化への対応(フロー)と、長期的な蓄積の活用(ストック)の両立が求められます。
 例えば、新しいスキルセットを持つ人材の採用や育成はフローに該当しますが、それらを組織全体の知識資産(ストック)として活用する仕組みがなければ、単発的な成果に終わってしまいます。人事部門は、研修やナレッジマネジメントツールを活用して、社員一人ひとりの学びを組織全体のストックとして共有する仕組みを構築することが求められます。

6. まとめ:フローとストックの視点を持つ人事の役割

 本書の「フローとストック」という概念は、人事業務全般において大きな示唆を与えてくれます。短期的な成果を重視するフロー型の施策と、長期的な価値を創出するストック型の視点をバランスよく取り入れることで、社員個人の成長と組織全体の持続可能性を両立させることが可能です。

 例えば、人材育成では、日々の業務(フロー)が中長期的なスキルや経験(ストック)に変換される仕組みを設計することが重要です。また、評価制度では、短期的な成果だけでなく、長期的な貢献を公平に評価する仕組みを導入することで、社員のモチベーションを高めることができます。

 人事の視点においても、「フローとストック」を活用することで、個々の社員が自律的に成長し、組織全体が変化に適応しながら持続的に発展する未来志向の人事戦略を構築することができるものと思います。相当、応用範囲が広いものです。


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