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企業におけるストレスマネジメント:心理学的アプローチでストレッサーを解消するー川上真史氏

 川上真史ビジネス・ブレークスルー大学教授の「企業と心理学 トピックス #15 ストレスマネジメント」というテーマを取り上げます。

 現代のビジネスシーンでは、多くの人々が日々の業務や人間関係を通じて多くのストレスを感じています。しかし、ストレスに対処するための方法や考え方が混乱しているのが現状です。
 川上氏は、このストレスの問題に対して、心理学的な視点からその本質を明らかにし、適切なマネジメントのアプローチを提案しています。前提として、この点を正確に理解することがまず重要になります。

「ストレス」という言葉の使い方

 「ストレス」という言葉は、一般的に日常生活で多くの人に使われていますが、その使用法は非常に曖昧で、多くの誤解が生じやすい状況にあります。ストレスという言葉は、2つの異なる意味を含んでいます。
 1つは「ストレッサー」と呼ばれるもので、これはストレスの原因となる要因を指します。
 もう1つは「ストレス反応」という意味で、これはそのストレッサーによって引き起こされる心身の反応や症状を指します。
 このように、ストレスという言葉は原因と結果を一括りにしてしまいがちで、どちらの部分に焦点を当てて対処すべきかが明確でないため、多くの人々が混乱しているのです。

 例えば、「上司がストレスだ」「仕事が多くてストレスが溜まる」といった表現は、ストレッサー、つまり原因を指しています。
 一方、「ストレスで胃が痛い」「ストレスで何もやる気が起きない」という表現は、ストレス反応、つまり結果を指しています。
 このように、同じ言葉で異なる意味を伝えているため、具体的にどの部分に対処すればいいのかが不明瞭になりがちです。そのため、心理学ではストレスという言葉をストレートに使うことを避け、原因と結果を区別して扱うことが推奨されています。

ストレッサー(原因)に手を打つことが重要

 ストレッサーとストレス反応を明確に区別し、それぞれに対して適切なアプローチを取ることが重要です。特にストレスマネジメントの効果を最大化するためには、ストレス反応だけに対処するのではなく、ストレッサー、つまり原因そのものに対して積極的にアプローチすることが求められます。
 多くの人がストレスを感じた際に、カウンセリングや薬物療法などの方法でストレス反応に対処しがちですが、これでは根本的な解決には至りません。ストレッサーに対して手を打たない限り、ストレスの原因が解消されないため、同じようなストレス反応が繰り返し現れることになるのです。

職場環境におけるストレスマネジメントの重要性

 例えば、上司がストレッサーである場合、その上司のどのような行動や発言が具体的にストレスを引き起こしているのかを明確にする必要があります。多くの人は、上司に対してストレスを感じても、評価が下がることを恐れたり、言い出しにくさから、問題を抱えたままにしてしまいがちです。しかし、これではストレスが蓄積し、結果として心身に悪影響を及ぼす可能性が高まります。ストレッサーが明確になった場合、それをどのように上司に伝え、どのような改善を求めるかを考えることが重要です。川上氏は、自分自身も上司として部下から多くのフィードバックを受け、改善に努めてきたと述べており、問題を放置するのではなく、具体的な行動を取ることがストレスの軽減につながると強調しています。

 さらに、業務の負荷がストレッサーとなる場合もあります。特に日本の労働環境では、長時間労働や過重な業務がストレスの大きな要因となっています。しかし、同じ業務量でも、ストレスを感じる人と感じない人がいるため、個別の対応が必要です。業務負荷が高いと感じる場合、まずはその負荷の内容や量を具体的に捉え、それがどの程度のストレスを引き起こしているかを評価することが大切です。そして、必要に応じて業務の分担やスケジュールの調整を行うことで、業務負荷を軽減し、ストレスを感じにくくする方法を模索することが必要です。

 また、困難な仕事に対する感じ方も個人差が大きい点が指摘されています。ある人にとっては挑戦的でやりがいのある仕事が、別の人にとっては大きなストレスとなる場合があります。例えば、数百人の前で講演をすることを楽しむ人もいれば、逆にそのような状況を恐れ、大きなストレスを感じる人もいます。このように、ストレスを感じるかどうかは個人の捉え方や経験によって異なるため、組織全体として統一的な対策を講じるのではなく、個別対応が求められます。

 川上氏は、ストレスマネジメントの基本は、まずストレッサーを特定し、それに対して具体的な解決策を考え、実行することだと述べています。曖昧に「上司がストレッサーだ」と感じるのではなく、具体的に「上司のどのような行動や言動がストレッサーなのか」を明確にし、それに対してどのようにアプローチするかを考えることが大切です。そして、そのアプローチが実際に有効かどうかを確認しながら進めていくことで、ストレスを軽減することができます。

「うつ病」と「うつ状態」

 また、川上氏は「うつ病」と「うつ状態」の違いについても詳しく説明しています。うつ病は生理学的な要因によって引き起こされる疾患であり、ストレッサーが存在しなくても発症する可能性があります。これは、脳内の神経伝達物質であるセロトニンの分泌が低下することによって引き起こされるもので、根本的には生理的な問題として捉えられます。
 これに対して、うつ状態は明確なストレッサーが存在し、そのストレッサーに対する適応が難しい場合に引き起こされる適応障害の一種です。現在、企業内で増えているのは、後者のうつ状態であり、特に過重労働や上司との関係がストレッサーとなっているケースが多く見られます。

 うつ状態が長期間続くと、最終的にはうつ病に進行するリスクがあるため、早期にストレッサーに対処し、ストレス反応を軽減することが重要です。川上氏は、ストレッサーに対するアプローチをしっかりと行うことで、適応障害やうつ状態を予防するだけでなく、長期的な精神的健康を維持することが可能であると述べています。


 ストレスマネジメントの鍵は、ストレッサーに焦点を当て、その原因に対して具体的かつ効果的な対策を講じることです。ストレス反応だけに対処するのではなく、その根本原因であるストレッサーを特定し、それに対するアプローチを行うことで、より持続的なストレス軽減が可能になります。

人事の視点から考えること

 現代のビジネス環境において、職場のストレスが従業員のパフォーマンスや健康に与える影響は非常に大きく、適切なストレスマネジメントが行われていない場合、従業員の生産性の低下、離職率の増加、さらにはメンタルヘルスの問題の発生など、多くの課題が生じる可能性があります。ここでは、人事部門がどのようにストレスマネジメントに取り組むべきか、その視点から考慮すべきことを考察してみたいと思います。

1. ストレッサーの特定と早期対策の推進

 ストレスの原因、つまり「ストレッサー」を早期に特定し、それに対する対策を講じることは、非常に重要なポイントです。ストレッサーは、業務の過剰な負荷や期限の厳しいプロジェクト、職場の人間関係の不和、特定の上司や同僚との対立、職場環境の悪さなど、さまざまな要因が考えられます。

 人事部門は定期的な従業員満足度調査や1対1の面談、場合によっては匿名のフィードバックシステムを導入することで、従業員が抱えている具体的なストレッサーを把握しやすくするべきでしょう。これにより、問題が明確になった場合には、迅速に対応し、上司や部門リーダーと連携して、問題を解決するための具体的な手立てを講じることが可能になります。特に、問題が長期化する前に対処することが重要であり、ストレッサーを適切に取り除くことで、従業員のストレス反応が軽減され、より健康的で生産的な職場環境を作ることができます。

2. 心理的安全性と組織文化の改善

 組織文化の中で、従業員が心理的に安全だと感じることは、ストレスの軽減に大きく貢献します。「心理的安全性」とは、従業員が自由に意見を述べたり、アイデアを共有したり、間違いや失敗を恐れずに行動できる環境を指します。このような環境が整っていると、従業員は自分のストレスの原因についてオープンに話すことができ、早期に解決策を見出すことが容易になります。

 人事部門は、リーダーシップ研修やチームビルディング、コミュニケーションスキル向上のためのプログラムを導入し、全従業員が安心して働ける環境を構築することが求められます。これにより、ストレッサーを感じた際にも、その問題を放置せず、積極的に解決に向けた行動を取ることが促進されます。また、心理的安全性を高めるためには、上司と部下の間の信頼関係を構築することが不可欠であり、日常的なフィードバックのやり取りや、建設的な対話の機会を増やすことが大切です。

3. ストレスマネジメント研修の導入と実施

 多くの従業員は、ストレスの原因を正確に把握することができない場合や、どのように対処すればよいかわからないことが多いです。

 人事部門としては、従業員が自分自身のストレスに対処する力を養うための研修やセミナーを提供することが不可欠です。このような研修では、自己管理スキルや感情コントロール、問題解決能力を高めることを目的とし、従業員が自分自身でストレッサーに対処できる力を育むことが期待されます。また、メンタルヘルスに関する知識を広めるためのメンタルヘルス研修や、ストレスが蓄積した際の対処法を学ぶためのワークショップも効果的です。これにより、従業員はストレスを感じた際に自分で対応策を講じることができ、組織全体のストレスマネジメント能力が向上します。また、こうした研修はリーダー層にとっても重要であり、部下のストレスに気づき、適切なサポートを提供するためのスキルを身につけることができます。

4. ワークライフバランスの向上と制度設計の重要性

 現代のビジネス環境では、多くの従業員が長時間労働や厳しいスケジュールに追われ、ワークライフバランスの維持が困難になっています。このような状況がストレスの主要な要因となり、従業員の心身に悪影響を及ぼすことは少なくありません。

 人事部門は、従業員がバランスの取れた生活を送りながら仕事に集中できるよう、働き方の改善に取り組む必要があります。
 例えば、フレックスタイム制度やリモートワークの導入、または仕事の効率化を推進するためのツールや技術の活用が効果的です。これにより、従業員はより柔軟な働き方を実現でき、仕事とプライベートの両方で充実した生活を送ることが可能になります。さらに、上司が部下のワークライフバランスに配慮し、過剰な残業や業務負荷がかからないよう、適切な業務分担を行うことも重要です。

5. メンタルヘルスの早期発見とサポート体制の強化

 ストレスが蓄積し、深刻なメンタルヘルス問題に発展する前に、早期発見し、適切なサポートを提供する体制を整えることは、人事部門の重要な役割です。特に、従業員が日常的に高いストレスを感じている場合、そのサインを見逃さないようにするためには、定期的な健康診断やメンタルヘルスチェックが有効です。

 人事は、従業員が自分自身のメンタルヘルスを把握できるようなツールやプラットフォームを提供し、カウンセリングサービスやEAP(従業員支援プログラム)の利用を促進することで、メンタルヘルスの問題に対するサポート体制を強化します。また、従業員が安心して相談できる環境を整えることが重要であり、問題が深刻化する前に適切な対処が可能となるよう、継続的なモニタリングとサポートを提供することが大切です。

6. 評価とフィードバックの透明性と公正性の確保

 従業員のパフォーマンス評価やフィードバックは、適切に行われなければ、ストレスの要因となり得ます。不透明な評価基準や不公正な評価プロセスは、従業員のモチベーションを低下させるだけでなく、心理的ストレスを引き起こす原因となることがあります。

 そのため、人事部門は、公正かつ透明性のある評価制度を整備し、従業員が自分の評価結果に納得できるようにする必要があります。また、評価基準を明確にし、目標設定やフィードバックのプロセスを定期的に見直すことで、従業員が自らの成長を実感できるような環境を提供することが重要です。適切なフィードバックを通じて、従業員が自分の強みや改善点を理解し、成長に繋げられるようにすることで、ストレスを感じることなく、仕事に対するモチベーションを維持することが可能となります。

7. リーダーシップとマネジメント層の役割強化

 リーダーシップのあり方は、従業員のストレスに大きく影響を与える要因の一つです。特に、上司やマネージャーがどのように部下と接するか、どのようなフィードバックを行うかによって、従業員がストレッサーを感じるかどうかが決まります。

 人事部門は、リーダー層に対してストレスマネジメントの研修を行い、部下がストレッサーを感じにくい環境を作り出すためのサポートを提供することが重要です。これには、上司が部下の状態を把握し、適切なフィードバックを提供する能力の向上や、感情のコントロール、建設的な対話の技術を学ぶことが含まれます。特に、部下に過度なプレッシャーを与えず、彼らの成長を支援するリーダーシップのスタイルを身につけることが、組織全体のストレスレベルの軽減に寄与します。

まとめ

 人事の視点からストレスマネジメントを考えると、従業員一人ひとりに個別対応する柔軟なアプローチが必要であると同時に、組織全体としての働き方や評価制度、文化を改善することも重要です。従業員がストレッサーに対して自らの力で対処できるような環境を提供し、さらに組織全体でメンタルヘルスの問題を予防・サポートできる体制を整えることが、従業員の幸福度や生産性を向上させ、長期的な企業の成功につながっていくでしょう。

従業員がストレスマネジメントのプレゼンテーションを聞いています。ホワイトボードには「ストレッサー」と「ストレス反応」のポイントが示され、職場でのストレスにどう対処すべきかが議論されています。大きな窓からの自然光と植物がリラックスした雰囲気を演出しており、背景にはカウンセラーと1対1で話す社員の姿も見られます。健康的でストレスの少ない職場環境が重視されたシーンです。

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