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感情労働の負担を軽減する組織戦略:リクルートの実践例に学ぶ管理職支援ー高橋俊介氏、早川陽子氏、筒井健太郎氏
Aoba-BBTの番組・高橋俊介氏による「組織人事ライブ#707 管理職の感情労働化とリクルートの管理職支援」を視聴しました。
ゲストは、早川陽子氏(株式会社リクルート CO-ENインクルージョン統括室室長)、筒井健太郎氏(リクルートワークス研究所研究員)です。
今回は、現代の管理職が直面する「感情労働化」という深刻な課題に焦点を当て、感情労働がどのようにして管理職の負担を増大させているか、そしてその支援策について議論されています。
この問題は単なる職務上のチャレンジにとどまらず、職場全体の生産性や従業員の幸福感に影響を与える、組織的に解決すべき課題として捉えられています。以下に内容から、考察をしてみます。
感情労働とは:管理職にとっての新たな課題
感情労働とは、仕事を通じて他者の心の状態を調整するために、自分の感情をコントロールし、場合によっては意図的に異なる感情を演じることが求められる労働形態を指します。この概念はもともとサービス業や接客業において研究されてきたもので、顧客とのやり取りを円滑に進めるために従業員が感情を制御する必要性が強調されていました。しかし、現在ではこの感情労働の必要性が広がり、管理職を含む幅広い職種に影響を及ぼすようになっています。
管理職にとって感情労働が求められる場面は多岐にわたります。例えば、部下のメンタルケア、心理的安全性の確保、チームのエンゲージメント向上といった役割を担う際、管理職は自身の感情をコントロールしながら、部下に安心感を与える必要があります。こうした役割は組織全体の健全性を保つ上で重要とされますが、その一方で、管理職自身にとっては大きな心理的負担となる場合が少なくありません。
さらに、管理職は自分自身の弱さや不安を表に出すことを避け、常に「大丈夫」という姿を演じることが求められる場面が多いのが現状です。たとえば、管理職自身が家庭で育児や介護の負担を抱えていたとしても、職場ではその困難を見せず、部下の両立支援に努める姿勢が期待されます。このような状況が続くと、管理職自身の感情的なエネルギーが枯渇し、バーンアウトに陥るリスクが高まります。
感情労働の理論的背景:表層演技と深層演技の役割
感情労働には、「表層演技」と「深層演技」という2つの演技の形態が存在します。これらはそれぞれ、感情労働が管理職にどのような形で影響を与えるかを理解するための鍵となる概念です。
表層演技は、自分自身の内面的な感情を隠し、職場や状況にふさわしい感情を外面的に表現する行為を指します。例えば、職場で常に笑顔を保つ、怒りや不満を抑えて冷静さを保つといった行動がこれに該当します。
一方、深層演技はさらに踏み込んで、外面的な表現だけでなく、自分自身の感情そのものを変える努力を伴います。これは、俳優が役柄に入り込むように、ある特定の感情を自ら信じ込み、それを内面化するプロセスです。
これらの演技が管理職に及ぼす影響は大きく、長期的に見ると自然な感情と「演技された感情」の間にギャップが生じることで、情緒的な負担が積み重なります。このギャップが解消されない場合、管理職の心理的な安定が崩れ、結果的にはバーンアウトに至る可能性があります。特に深層演技では、自分の感情そのものを変える努力が必要なため、より強い心理的エネルギーが要求される点で、負担が大きいと言えます。
現代の管理職が直面する感情労働の複雑さ
現代の管理職は、これまで以上に多様な役割を求められています。例えば、20世紀後半の日本社会では、仕事優先の価値観が主流であり、家庭や個人的な問題を職場に持ち込むことは稀でした。そのため、感情労働の負担も限定的でした。
しかし、現代では多様性やジェンダー平等が進む中で、管理職に求められる役割が多岐にわたるようになり、その結果、感情労働の負担が一層増加しています。
管理職が直面する感情労働の具体例としては、部下のメンタルケア、キャリア支援、そして心理的安全性の確保が挙げられます。これらの役割を果たすためには、ネガティブな感情だけでなく、ポジティブな感情も適切に管理し、組織全体に良い影響を与えることが求められます。たとえば、部下が不安や不満を抱えている場合、その状況に適切に対応しつつ、部下が前向きに仕事に取り組める環境を整える必要があります。
また、管理職自身が抱えるストレスや不安を表に出さないことが求められる場面も多く、これがさらに負担を増大させています。特に、部下からの信頼を失うことや、組織全体に不安感を広げるリスクを回避するために、自分自身の本音を隠して振る舞う必要があるのです。このような状況が続くと、管理職自身の心理的な負担が蓄積し、結果的に情緒的な疲弊を引き起こします。
管理職支援の必要性:セルフケアと組織的な支援
感情労働の負担を軽減し、管理職がその役割を果たせるようにするためには、適切な支援が不可欠です。その一環として注目されているのが、「セルフケア」という概念です。セルフケアには、「セルフ・コンパッション」(自己への優しさ)という具体的な方法が含まれます。セルフ・コンパッションは、困難な状況に直面した際に、自分を責めるのではなく、自分を受け入れ、いたわる態度を取ることを指します。このアプローチは、管理職自身の心理的安定を保つだけでなく、その姿勢が部下にも良い影響を与えるという研究結果があります。
また、管理職が同僚と相談し合える場や、キャリアカウンセラーやコーチといった専門家の支援を受けられる仕組みを整えることも重要です。これにより、管理職が抱える孤独感やストレスを軽減し、業務に集中できる環境を提供することが可能になります。
リクルートの実践例:感情労働軽減のための取り組み
リクルートでは、管理職の感情労働の負担を軽減するために、新しいマネジメントモデルを導入しています。特に、役割分担の明確化や、管理職の業務をチームで分担する「分担型マネジメント」への移行が進められています。このような柔軟なアプローチにより、管理職が一人で抱える負担を軽減し、チーム全体での効率的な運営が可能となっています。
さらに、リクルートはジェンダーや多様性を重視した人材マネジメントを推進しており、特に女性管理職の活躍を支援する仕組みの構築に注力しています。このような取り組みは、管理職が直面する課題に対する包括的な解決策として、組織全体に良い影響を与えています。
管理職支援の重要性と今後の課題
現代の管理職が直面する感情労働の課題は、単なる個人の問題ではなく、組織全体の健全性や生産性に直結する重要なテーマです。今回示された理論や実践例は、感情労働の負担を軽減し、管理職がその役割を十分に果たせるようにするための貴重な指針となるものです。組織全体で管理職を支援するための体制を整え、健全な職場環境を構築することが、今後の持続可能な成長に向けた鍵となるでしょう。
人事の視点から考えること
人事の視点から、管理職の感情労働化について考える際には、組織全体の健全性や生産性、さらには個々の従業員の幸福感を向上させるために必要な要素を深く掘り下げることが必要になります。
この課題は、現代の複雑な労働環境において特に重要であり、管理職が抱える感情的負担を軽減し、より良い職場環境を作り出すためには多角的なアプローチが必要です。以下、いくつかの観点で考察してみます。
1. 感情労働がもたらす影響を多面的に評価する
感情労働とは、職場における他者の心の状態を適切に保つために、自分自身の感情を抑制したり、場合によっては意図的に異なる感情を演じたりすることを指します。管理職にとって、この感情労働の負担は年々増加しており、その影響は個人だけでなく組織全体にも波及します。
管理職が感情労働を適切に行えない場合には、次のような問題が発生する可能性があります。
部下の不安感の増大
管理職が自分の感情を制御できず、職場での不安感やストレスを露呈すると、部下がそれを感じ取り、安心感を失うことがあります。これにより、チーム全体のモチベーションが低下し、生産性が損なわれるリスクが高まります。
心理的安全性の低下
職場内で自由に意見を述べたり、挑戦を恐れず行動したりする文化が失われることで、イノベーションや創造性が抑制されます。管理職が適切な感情労働を行えない場合、このような心理的安全性の低下が起こりやすくなります。
離職率の増加
職場環境がストレスフルであると感じた従業員は、他の職場への転職を検討する可能性が高まります。特に管理職が感情労働の影響でバーンアウトに陥った場合、チーム全体への影響が深刻化します。
これらのリスクを抑えるためには、人事が感情労働の影響を多面的に評価し、組織としての課題を可視化することが重要です。具体的には、管理職の心理的な健康状態や感情労働の負担度を定量的に測定する仕組みを導入し、これを基に具体的な支援策を立案することが求められます。
2. 管理職支援プログラムの設計と実施
管理職の感情労働の負担を軽減するためには、適切な支援プログラムを設計し、実施することが不可欠です。この支援プログラムには以下の要素を含めることが効果的です。
セルフケアの推進
管理職が自分自身の感情を適切に管理できるよう、「セルフ・コンパッション」や「マインドフルネス」といったスキルを学ぶ機会を提供します。セルフ・コンパッションは、困難な状況に直面した際に自分を批判せず、優しく受け入れる姿勢を養うことで、心理的な安定を促進する効果があります。
相談窓口の設置
管理職が気軽に悩みを共有できる場を設けることも重要です。この相談窓口には、キャリアカウンセラーやコーチといった専門家を配置し、心理的なケアを提供するだけでなく、管理職同士が互いに相談し合える場を作ることも効果的です。
マネジメント機能の分担
管理職がすべての責任を一人で抱え込むのではなく、組織全体で役割を分担する仕組みを整えることで、負担を軽減します。たとえば、部下のキャリア支援やメンタルケアに特化した専門職を配置し、管理職の業務を補完することが考えられます。
このような支援プログラムを設計・実施する際には、管理職自身の意見を積極的に取り入れ、プログラムの内容を柔軟に改善していくことが重要です。
3. 組織文化の変革と心理的安全性の確保
感情労働の負担を根本的に軽減するためには、組織文化そのものを見直す必要があります。特に、以下の点が重要です。
心理的安全性を重視する文化の醸成
管理職を含む全従業員が、自分の弱さや不安を表明できる環境を作ることが求められます。「弱さを見せることは許されない」という文化を排除し、誰もが安心して働ける職場環境を作ることが重要です。
管理職への期待値の調整
感情労働が管理職の「当たり前の仕事」とされないよう、組織全体で期待値を明確化し、必要に応じて専門家のサポートを受ける体制を整えます。
柔軟な働き方の推進
管理職が家庭や個人生活とのバランスを保ちながら働けるよう、リモートワークやフレックスタイムといった柔軟な働き方を導入することも効果的です。
これらの文化変革を進めるには、経営陣からの強力なサポートが必要です。また、従業員の意見を収集し、それをもとに組織文化の改善策を具体化することが重要です。
4. 感情労働の負担を数値化し、KPIに組み込む
感情労働の負担は目に見えにくいものの、これを可視化することで具体的な施策を講じる基盤が整います。以下のような指標を導入し、組織全体でのモニタリングを行うことが考えられます。
感情労働スコア
管理職が感情労働にどれだけの負担を感じているかを定期的に測定。
心理的安全性スコア
部下やチーム全体がどれだけ安心して働けているかを測定。
管理職のエンゲージメント
管理職自身が仕事に対してどれだけやりがいや満足感を持っているかを評価。
これらの指標をもとに、人事は具体的な課題を特定し、それに応じた施策を講じるとともに、施策の効果を定期的に検証します。
5. 多様性とジェンダー平等の視点を組み込む
管理職支援を進める際には、多様性やジェンダーの視点を取り入れることも重要です。例えば、女性管理職は育児や介護といった家庭内の責任を多く担う傾向があり、その分感情労働の負担も増加する可能性があります。このような状況を踏まえ、次のような支援策も考えられるでしょう。
育児や介護を支援する制度の拡充
フレックスタイム制度やリモートワークの導入など、家庭の負担を軽減するための仕組みを整える。
ジェンダーバランスの改善
男女問わず育児や家庭の責任を分担する文化を推進し、感情労働の負担を平等に分散する。
6. 人事部門の役割
人事部門としても、管理職の感情労働を軽減するための中心的な役割を果たすべきでしょう。
具体的には、感情労働の影響を定量的に把握し、それに基づいて適切な支援策を講じること、またその効果をモニタリングして継続的に改善を図る責任があります。感情労働は単なる個人の問題ではなく、組織全体の成長や持続可能性に影響を与えるテーマであることを認識し、組織的なアプローチで取り組むことが求められます。
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