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浦上咲を・・かたわらに μ (my)

Episode12  自分の心のゆくえ

 咲の薬指に指輪が光っている。

 だけど、咲自身は一向に変化することなく、いつもと全然変わらない。咲は、僕が贈った指輪の意味を、果たして本当に理解しているんだろうか?

 そういえば僕は、「浦上咲」という存在を全然理解できないでいた。咲はどう考えてるんだろうか?また、どう受け止めているのかが、日々気になっていた。気がついたら僕は咲を食事に誘っていた。

僕のアパートを訪ねてきた咲は、うれしいっという顔をした。

「いいよ~せんぱい。どこ行こっか。」
「咲の好きなところでいいよ。」
「じゃぁ、目黒雅叙園でフルコース。」

 咲は悪戯っぽい眼でそう告げた。 

「うわ、それだったら給料飛んじゃう。予約もしてないし・・・。」
「あ、予約しないとダメなんだ。」
「いろいろ準備があるだろうからね。」

 咲はそこでくすくすと笑った。そして薬指の指輪を見せながら言った。

「そうだね、あたしも準備しなくちゃだね、先輩から予約が入っちゃったしねぇ。」
「・・・・。」

 また見抜かれた・・。

「・・やだなぁ、あたしだってバカじゃないですよ。・・・ホントに。」
「え・・なんで?」
「・・指輪の意味くらい、わかってますよ~だ。」
「そうか・・・。」
「でも、予約なんかじゃいやだなぁ・・。」
「・・・え?・・」

僕は混乱した。咲はまた、くすくす笑いながら
「駒沢通のいつものところでいいよ、そうだ、リブステーキ食べたい。」

 なんと、僕のアパートの斜向かいじゃないか・・。咲はどこまで天真爛漫なんだろう・。

「え、そんなところでいいの?」
「うん、あたしの就職祝いもかねてごちそうして、未来のダーリン。」

 なんだか、すっかり咲のペースに乗せられてしまっていた。しかし、咲のこの行動は小気味がいいので、こういうノリにはまるのも悪くはないと僕は思っていた。

 そうなのだ、彼女は一緒にいると本当にすがしい気持ちになれる存在でもあった。

だけど・・・リブステーキだと?・・・・。

 僕は財布を覗いた。よりによって給料日の3日前だ。・・どうしたものか・。まぁ、ギリギリ間に合うとは思うが・・。ええい、ままよ!、数日学生時代に戻るのも良い。

 というわけで、僕たちは普段は滅多に行けない、瀟洒なレストランに入った。

「やった~、食べたかったんだ、ここのリブステーキ。せんぱいも同じよね!」

 咲は勝手に頼んでしまった。大丈夫か・・・おい。

僕は妙な不安を感じたが、彼女は実に屈託がない。鼻歌まで歌う始末だ。
 
 やがて出されてきたステーキは、この世の物とも言えない、本当に美味なものだった。

「うわ~、おししいね!」
「うん、」

 このくらいが会話の関の山だ。うまいものの前に、言葉は少なくなる。だが、僕はなんとなくこの味に素直に感動できなくなっているのに気づいた。

 すなわち、不安である。

  このステーキの値段は?間に合ったとしても、今月の生活費は云々・・・。そう考えると、素直に目の前のステーキの味が味わえない自分の心が底にあった。

「どうしたの?せんぱい。おいしくないの?」
「・・・いや、・・まさか・・・。」

 咲は、また悪戯っぽくのぞき込んだ。

「はは~ん、せんぱい、お勘定気にしてるでしょ?」
「・・あ、・・いや・・。」

咲はそこで、またくすくす笑った。

「婚約指輪のお返しだよ。って言ったら納得する?」
「え・・?」

  「ここはあたしの初給料でせんぱいにお返し、婚約承りました。のご挨拶だよ。大丈夫、あたしのお給料、全部このお返しに使うって決めてたんだ。いいよね?」

「・・咲・・。」

「ばかね~。こら、浦上咲をなめたらあかんで~。あはは。」
「参りました、ごちそうになります。」

 不思議なもので、、不安が撮れた後の料理は、ことのほか美味しかった。そうか、心とはこういうもので、人の「味覚」まで変えてしまう。

 ということは、わけも知らない不安に対し、人は何もかも変えられてしまうのだろう。本当のことが見えずに、偽りの感覚に左右されていたと言うことだ。

 僕は本当に妙な体裁と何かわからない「常識」に囚われて心の自由というか、「自分」にだまされていたのだ。

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