浦上咲を・・かたわらに π (pi)
Episode16 因と果、縁と起
その夜は、咲は僕のアパートに泊まっていくつもりで、なにやら旅行にでも出かけるようなバッグを持ってやってきた。
「あたし、明日はお仕事休みなの、こうさくもそうでしょ?。」
「ああ、それはかまわないけど、無断できたんじゃないよね」
咲はちょっとむくれて、指輪をつけた薬指をさっと見せた。
「もう公認だから大丈夫です。・・・問題は妹だね。」
「飛鳥ちゃん?」
「好奇心満々の女子高生だから・・。」
「そうか、そういえばもう卒業だね。」
「明日帰ったら、たぶん、根掘り葉掘り聞かれる・・これが、うるさいったらありゃしないの。」
「色恋に敏感な年頃だからね・・。」
「平気で、ものすごくエッチな事聞いてくるんだよ・・。こういう興味を持つのは、まぁ、女子校に通ってる子には、ありがちな話なんだけど。」
「へぇ・・イメージが違うなぁ・・。」
咲も女子校の出身だった。だから、経験に基づく赤裸々な暴露話は、僕の想像を超えていた。
ある意味、男子校の実態がステレオタイプになったようなものだ。そう考えると共学しか知らない僕には、まったく想像の付かない世界なのかも知れない。
「え?もしかして、僕たちのことも聞いてくるのか?」
「そうに決まってるじゃない・・。だから困るのよ。」
「微妙だな・・。」
「うん、こないだ指輪つけてるの見つけて、もう興奮して、ものすごい質問攻め。だから、今日は飛鳥には内緒なの。」
僕は笑った。だけど、その話の中に、咲がかつて、京都のあのお坊さんから薫陶を受けたという話が、なんとなくこの話にリンクした。
それはよくはわからないけれど、「欲」そのものは、自然に元々ある「無色透明」なものであるということだ。
それが、心の働きと化学反応することで、煩悩という「苦の根源」になるという。
で、その心の働きを生み出す「きっかけ」がこの世には無数にあると言うことだ。
咲はシャワーから上がったあと、パジャマに着替えて、僕の隣に座った。
「お酒、飲もっか・・。」
「僕はもう飲んでるよ。」
「あ、ずる~い。」
そう言って、咲は僕の飲んでいたコップを取り上げて、残っていたビールを一気に全部飲み干してしまった。まったく思いもかけない酒豪だ。
湯上がりの石鹸のいい香りがした。咲が持参したシャンプーの香りだ。
僕には普段なじみのない香りだ。それが妙に「非日常」を感じる。
咲は小柄だが、ミニチュアのようにコンパクトに身体の造りが整っていて、着せ替え人形のようなかわいい印象だ。
僕は強烈に咲がいとおしくなった。
・・その後は、何も思い出せない時間が過ぎた。心と言うより、身体の赴くままに時が過ぎていったのだ。
気がつけば、僕たちはシングルベッドに、二人裸で抱き合っていた。
「ねえ、こうさく・・・。」
咲が胸元でつぶやいた。
「今、満足?」
「・・たぶん今はね・。欲はないという感じだ。」
すると咲は、僕のあるところに触れて、くすくす笑いながら言った。
「ホントだ、憑きものがとれてるね。」
「こら、ばか・・。」
「・・あ、なんかまた、むくむくと欲にくっつくものが生まれてきた感じがするけど・・。」
「やめなさい・・こら。」
僕は、咲の大胆さに少し驚いていた。しかし、咲の本性は時としてそういう二面性もあった。まさかの二重人格とは言えないものの、うっすらと普通にそれを感じていた。咲は時々その心情を「あたしの中のシンシア」という表現をしていた。
「ねえ、あたしが触ったのが『因』、そして、それに反応したこうさくは『果』でしょ、これが「縁」ということなのかなぁ・・。
たしかに、縁によって「起きる」し・・あはは。」
「なるほど・・・、露骨だがわかりやすい。」
また咲は鋭いことを言った。
咲の言うとおりだと、因と果によって縁が起き、それであらたな因と
果を生むということになる。
すなわちその縁としてのセックスは、
十七清浄句のいうとおり、真理であるから、
その単純なプロセス自体は菩薩であるということになろう。
その行為自体はおおもとになる「欲」というエネルギーだ。
形もにおいもそれ自体は何もない「空」というものがあるだけだ。
それに対して、因や縁を生むものは行為や思いだろう。
物欲というものはこのようにして現象になるのだ。
だが、おおもとになるものは「空」なので、
かけ算でいうとゼロにいくら整数をかけてもゼロになることと等しい。
咲にこれをいうと
「妹たちが想像して興味本位に考えることと、実際にあたしたちがこうしてること。考えればどちらも実態はないって事になるね。・・あ、そうか、これが煩悩即菩提というものかな。」
「うん、よくわからないけれどね。」
「欲じゃなくても、形のないものに、何かをくっつけて形にすることって多くない?」
「・・・・うん、そういえば、そうだ。」
咲は僕の胸板に指で文字を書きながら、ぶつぶつと唱えた。
「たとえば、『気』・・これだけじゃ形がないでしょ。」
「・・ああ、そうだね、見えない。」
「これに空をつけると『空気』見えないし形はないけど感じるでしょ?」
「そうか」
僕は咲の耳にふっと息を吹きかけた・
「きゃっ、こうさくのばか。」
「ホントだ。」
因と果、そしてそれによる縁の関係が、なんとなくつかめてきたような気がした。あくまでも、なんとなくだ。
咲は裸のまま起き上がり、カーテンをそっと開けた。
一条の柔らかい日差しが部屋に注ぎ、咲の細い身体を照らしていた。
僕からは光に包まれた影の形にしか見えなかったが、
ひどく神々しく見えた。
「こうさく、ものすごくいい「天気」だよ。」
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