浦上咲を・・かたわらに θ (theta)
Episode8 恋と愛
~愛することに疲れたみたい、嫌いになったわけじゃない・・・それでも、恋は、恋~
「ねえ、せんぱい、【恋】と【愛】の違いって何かなぁ・・・」
流れてくるフォークソングに聞き入りながら、咲がおもむろにつぶやく。
「そうだなぁ・・」
僕は一瞬迷った。なるほど、むずかしい命題だ。
咲は無邪気につぶやいた。
「愛は中に心、恋は下に心、って漢字では書くよね・・。それなんだよなぁ・・あ、なんか、前にせんぱいに言ったような?忘れちゃったけど。」
なるほど、さすがは咲だな。・・・そう思ってしまった。何しろこの娘は直感が鋭すぎるのだ。ただ、惜しむらくは、直感がただの直感で終わってしまっていることなのだ。
「咲、こういうことなんじゃないかな。」
「やった!せんぱい、解説お願いします。」
やれやれ、いつものパターンになってしまった。
「咲は、恋と愛の違いって何だと思う?」
「・・・うぇ~、ずるいな。まずはあたしに丸投げ?」
「なんだよ、その前に咲が丸投げしてたじゃん、まずは考えて。」
少しむくれた顔で咲は考えていた。
「う~~ん・・・」
「どうだ?」
「・・・・・わかんない!・・。」
「でも、なんとなく感じたことは無かった?」
「そうだなぁ・・・」
咲は中空を見ながら、すっと言い放った。
「そうだ、せんぱい。愛はなか心、恋はした心、っていうからには、恋は手段、愛は結論。なんじゃないかなぁ・・、って思ったよ。」
「人を好きになるってどうしてなんだろう?」
僕は咲に問いかけた。
「そうだなぁ・・あたしは、せんぱいが好きなの。」
「それだけ?」
「そうだよ。」
「僕だけが好きなの?」
「今はね。」
「ふうん、そうなんだ。」
「不満?」
「そうじゃないけど。」
「あたしの妹や両親は?すき?」
「嫌いじゃない。」
「よかった・・。」
咲は安堵した顔でそうつぶやいた。
「でも、あたしはせんぱいの両親とか親戚は知らないから、簡単には言えないよ。」
なるほどだとは思った。僕は咲の家族はよく知っているが、咲は僕の親族とは全く面識が無いのだ、その点で咲は本当に正直なひとだと心から思った、
「大楽」という言葉がある。先日の講義で心に留まった言葉だ。すなわち、徹底した「全肯定」の考え方だ。
「で、聞くけど、せんぱいは、どうしてあたしを好きになったの?」
「そうきたか・・。単純に言うと、きみがきれいだったからだ。」
「あら、うれしいけど、ちょっと違うよね?」
「うん、確かに違う。」
「じゃあ、なんで?」
「たぶん、知らぬ間に好きになってたんだろうな。」
「うふふ、あたしもそうよ。」
咲はそう言うと、目をつぶり軽く口づけを求めた。
久しぶりの感触を味わい。「チュッ」という乾いた音が広がった。
「あたしだから、愛せるの?」
「そうだな、愛するって事はたぶん・・。」
「たぶん?」
「咲の一切を受け入れること。君は確かに美しい。だけども、咲につながるすべての物や人をひっくるめて受け入れる覚悟なんだと思う・・・。」
「それって、結婚だよね・・・。」
「社会制度上はね・・。」
「結婚というものに縛られなくても、それは可能だし、結果としてそうだよね。って事もあるよね。」
「逆にそういう社会制度自体が陳腐に思えるな。」
「うん、そう思う。で、もう一度聞くわ、愛って何?」
まためんどくさい命題を突きつけた。
「そうだなぁ・・・。」
「ふんふん・・。」
咲は妙に顔を近づけてくる。僕にとっては切ない香りが漂ってくる。
「なかごころ。」
「・・え?・・」
咲は素っ頓狂な顔で僕をのぞき込んだ。で、不機嫌そうにむくれた顔をした。
「さっきあたしが言ったことじゃないの~。」
「あはは、本当のことだから、同じ結論になるのは当たり前じゃないのかな?」
「そういうのを、ズルいって言うんです!」
咲はぷいっと横を向いた。こういう所がこの娘かわいいところだ。
「例えばね、咲という存在を、きれいだとか汚いだとか、好きだとかいやなと事だとかそういったものを、すべてひっくるめて好きだよと言えることかな。」
咲は「え?」という顔を向けた。
「いわゆる、大楽という状態だよ。」
「ああ、聞いたことがある。すべてのものを肯定しきるっていう事ね。」
「むずかしいことだけどね、そういうことだよ。」
「あたしが、汚れても、好きでいてくれるって事?」
「・・まぁ、そういうことになるかな。」
この日はそのまま、二人は何も言わず、黙ったまま時間を過ごしていた。
この命題は確かにむずかしく、深く、そして覚悟がいるな。
僕はそう思った。咲も同じに違いないと、それだけは確信した。
ラジオからは、細めの男声で淡い恋歌が流れていた。
~それでも~恋は、恋~。
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