ムダに教養がつくかも知れない不定期な雑学講座の連載(講義中は寝ないこと)~世界宗教の基礎知識3「キリスト教」をひもとく 第1講「聖書」の世界 その7
イスカリオテのユダによる裏切り
イエスの教えは、このように
「神への純粋な信仰」をもっとも重視していたので、
律法主義にこだわるユダヤ教保守派には、
いちいち気に障る存在でした。
特に「ファリサイ派」とよばれる律法学者は、
神への信仰より律法遵守にこだわっていたため、
ことあるごとにイエスと対立し、
イエスと論戦してはやり込められたファリサイ派の律法学者たちは、
なんとかしてイエスを排除したいと考えていました。
そのような情勢でしたが、イエスはイスラエルに向かいます。
そして、ロバに乗ってイスラエルに入域します。
イエスは使徒たちに
「私はイスラエルで逮捕され、殺されるであろう、
だが、3日目には必ずよみがえる。」
と予言していました。
イエスは死を覚悟していたのです。
そんな中で、イエスの十二使徒の一人である、
イスカリオテのユダが、ユダヤ教の祭司長たちに、
デナリ(銀貨)30枚でイエスを売り渡す約束をしました。
その理由は何なのかは、未だに決着をみていません。
ヨハネによる福音書では、
ユダは、高価な香油をイエスの足に塗った女性に対して
「それを売れば貧しい人に施しができる。」と非難するが、
それはユダが会計係として業務していた
自分の着服を隠すためだったと記され、
ユダが悪魔に心を奪われたためだと記されています。
マタイによる福音書でも、
金目当てでユダはイエスを売ったと書かれています。
しかし、ユダの裏切り行為については、
様々な説があり,たとえばイエスが死をもって人間の罪を
あがない、復活するため自ら悪役をつとめたという説もあります。
マタイによる福音書では、ユダは裏切りを後悔し、
首をつって自殺したとあります。
最後の晩餐
イエスは自分が処刑される前に、十二使徒と夕食を共にしました。
これがレオナルド・ダ・ビンチの絵画でも有名な
「最後の晩餐」です。
食事の前にイエスはたらいに水をくみ、
弟子たちの足を一人ずつ丁寧に洗いました。
師であるイエスが弟子の足を洗うことで、
弟子たちに今後どのように生きるべきかを
示した行為であるといわれています。
食事の席に着くとイエスは、パンをちぎって
「さあ食べなさい、これは私の肉である。」
といって弟子たちに分け与えました。
そして、ぶどう酒の盃を渡して
「飲みなさい。これは多くの人のために流す私の血である。」
といいました。
これは「主の聖餐」とよばれ、
キリスト教の儀式として行われています。
「この血によって人々の罪は許され、神との契約が叶うのだ。」
と告げます。弟子たちに自分の死が近いことと、
その後の伝道活動に励むことを示唆したと言われます。
そしてイエスは
「この中の一人が私を裏切ろうとしている。」
と告げました。驚いた弟子たちは、それは誰かと尋ねると、
「私と一緒に鉢に食べ物を浸している者だ。」
と、答えました。
それはまさにユダのことでした。
またさらに、他の弟子たちも自分を
見捨てて逃げ出すだろうと予告しました。
ペトロは自分は絶対にそんなことはないと強く否定しますが、
イエスはペトロに対しこう言います。
「ペトロよ、おまえはニワトリが鳴く前に、
三度私のことは知らない。と答えるであろう。」
ゲッセマネの祈り
晩餐のあと、イエスは弟子たちを連れてオリーブ山に登りました。
中腹にある「ゲッセマネの園」というところに着くと、
ペトロ、ヤコブ、ヨハネの三人だけを連れてさらに奥に入っていきました。
イエスは地面にひれ伏し神に祈った。
そして、迫り来るであろう「受難」に対しての恐怖と戦うのでした。
やがて「神の思うがままに」とこの運命を受け止める準備ができました。
三人の弟子たちは目を覚ましているように言われたにもかかわらず、
寝込んでしまったという、
とほほな一面を見せるのでした。
やがてそこに、武装した大勢の追っ手が、
ユダの手引きでやってきます。
抵抗しようとする弟子たちを抑えて、
イエスは逮捕されたのでした。