漂泊幾花 第2章 古都の桜花
P2 念仏寺にて
嵯峨野のもっとも奥まったところにその寺はひっそりとたたずんでいた。
化野念仏寺。
平安時代には風葬の場所であり、
そこそこにおびただしい死体が打ち捨てられていたという場所である。
その死を悼んだ小さく風化した石仏が寺の一面にあるというところである。
咲は本当にこんなところにいるのだろうか。
僕はまさしく大海の中に一滴の滴を見いだすような面もちで
その寺に入っていった。
あたり一面は線香の匂いと、もやのように煙った煙が充満していた
不思議な雰囲気のある場所だった。
(・・・・咲?・・・)
一角にある水子地蔵の近くにたたずんでいた
ひとりの若い女に僕は気がついた。
咲だった・・・。
「見つかっちゃったね・・・。」
咲はくすっと微笑みながら僕の方にその深い瞳を向けた。
「先輩ならきっと見つけてくれると思ったわ。」
「・・・なんとかな。・・」
「あたしのヒントがわかりやすかったかな。今度はもっと難しいのにしないと、先輩は優秀だからすぐ解っちゃう。」
「探偵ごっこしてるわけじゃないぞ。」
「タッチの差ね、本当はこれを残して行くつもりだったのよ、残す前に捕まったって感じだわ。」
咲が差し出したのは小さな絵馬のようなものだった。
そこには、(体に仕掛けられた時限爆弾を実感しに行くSAKI)
と記されてあった。
「次は長崎に向かうつもりだったな・・。あやうくここに寄らずそのまま行くところだった。」
「ふふふ・・あたりよ。」
そう言って咲は小さく笑った。
水子地蔵の前には、いくつもの供物と、
小さな絵馬のようなものが沢山供えられていた。
咲は僕の存在など無視しているかのように、その地蔵に見入っていた。
「・・・・咲?。」
「先輩・・・、これって何?。」
「水子地蔵のこと?。」
「うん。」
「お地蔵さんって何のためにいるか解るかい?。」
「ううん、よくわからない。」
咲は地蔵を見つめたままそう答えた。
見慣れているものだとは思うが、
咲にとってはそんなに身近なものではないのかも知れない。
そんな印象を僕は持った。
「・・・これはこの世のことならず・・・賽の河原の物語。」
咲は、あははと声を上げて笑った。
「なぁに?先輩、それ。」
「お地蔵さんのお話だ。」
僕は昔、祖母に教わった地蔵和讃の一説を口ずさんだ。
「年端もゆかぬ幼子が、一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため。」
「何を積むの・・・?」
「うん、地蔵はね、幼くして死んだ子供の守り神なんだ。」
ひととおり「和讃」を聞いた咲は、意外なことを言った
「あたしにしてみれば、幼子の積んだ石を蹴り倒す鬼の方が、何かかわいそうな気がするんだ。」
「・・・・・。」
咲は、確かにサタンの思考を持っている。
だがそれは、ひょっとしたら大きな「救済」なのではないのだろうか。
そんな気もしていた。そして僕はもっと咲に聞いてみたい気がしていた。
「どうして、そう思う?」
咲は屈託のない笑みを見せて、
「鬼さんだって、もし感情はあるとすればだよ、ちっちゃい子が一生懸命造った石塔を崩していくことに、むしろ悲しみというか、つらいというか。そういう感覚持ってたりして。仕事とはいえ、やりたくないだろう、つらいなぁ。だけど、この子のためには、涙を殺してやるしかないんだよ。そういうとてつもなくつらい感覚を持ってるかも知れない。」
「へぇ・・・。」
https://music.youtube.com/watch?v=-EKxzId_Sj4&feature=share
僕は、考えれば「鬼」とかそういう「概念」に縛られていたような気がしていた。たとえば、すべての事象に「心」があるとすれば、世界はもっと変わって見えるはずだ。そんなことをなんとなく思っていた。
「・・・咲ってすごい・・。」
「なあに?、いきなり。」
思わず僕は咲を抱きしめていた・・・・本当に逢えてよかった。そう何度も何度も心に刻みながらだ。