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漂泊幾花 第3章 ~みやこわすれ~

Scene7 あゆみの告白

 僕は綾さんの店を出て、そのまま京都駅に向かった。
早い列車を乗り継げば、咲の言う自由が丘での待ち合わせの時間には十分間に合うと思ったからだ。

 明け方・・、朝の早い老人が、街角の小さな堂に花をあげていた。
 
 近代的なビルが建ち並ぶそんな狭間の中にある古都の変わらないその営みに、僕は「規範」以上の「伝統」のようなものを感じていた。
 おそらくこれは、この老人達が生まれるずっと前から、営々と繋がれてきたものだろうからだ。その営みにはプラグマティックな意味はないだろう。   ただ、繋いでいる営みだと言うことなのだ。

 僕はしばし、その光景に見とれていた。

 烏丸通りに出て、西本願寺の大きな境内が見え、
そのまま南に行けば京都駅だと思ったときには、ちらほらと車の往来も見えてきていた。

「・・・おい!」
 いきなり女の声がした。その声の主があゆみだと言うことは十分解った。
「あゆみ・・・・・・。どうしたんだ?」
あゆみは僕の方に近づいて僕にいきなり抱きついてきた。

「・・・・。」
「・・耕作・・・、うちの事・・・。」
僕は何も言えなかった。

「・・・あゆみ、『耕作』は、どうしてるんだ?君を待ってるんじゃないのか?それに綾さんだって・・。」
「・・・うん・・・。」
あゆみはそこで僕を見つめた。そして何か言いたげな顔をしたが、そのまま笑いとも泣き顔とも言えない表情で僕を見た。

「・・・ここで送るさかい・・。」
「・・・うん・・。」
「・・・堪忍な・・。耕作。」
「・・・ああ・・、なんだかわからんけどな。」

 あゆみはいきなり僕に抱きついてきた。
そして、僕を自分の方に向けさせ、執拗に口づけをした。
別の生き物のように動くあゆみの舌が僕の舌を虜にしていた。

「・・・最低の男だよ・・・。」
僕はあゆみを見てくすくす笑った。
「・・・いけず・・・うちはそんなアホやあらへん。」
「・・・じゃ・・・。」
「・・・うん・・。ほな・・・・。」

 あゆみはそのあとは何も言わなかった。
僕も振り返ることもしなかった。それでいいと思ったのだ。

『耕作』が僕の子であろうと違おうとそれはそれでいいと思った。
あゆみが僕の子であると信じれば、それでかまわないと思った。
咲がそれが理由で僕と別れるなら、それはそれで咲はそこまでの存在なのだ。そう思うようにした。

 咲がそうでない存在であることは、僕は妙な確信があったのかも知れなかった。真実は、その時どうでもよかったのだ。
僕は強く思っていた。いや、思うようにしていた。

 僕は、あゆみには二度と逢うことはないだろうと心に決めていた。
そして、『耕作』にも会うつもりもなかった。
たとえ、咲が死んでしまったとしても、そう言う気は全くなかった。
それは、僕やあゆみ、そして純の青春の中に封印するべきものだからだ。

僕はその方がいいのだと考えていた。

 始発の新幹線ホームは、まだ人もまばらだった。
僕は、咲自身の手で最終的に『ふじ色の旅』を終わらせてあげようと考えていた。僕自身が感傷に浸る必要はなかったのだ。

だから、僕は新幹線を選んだ。

これに乗れば2時間強で東京のあの日常に戻るはずだった。
長崎での生活や、今までの僕の旅は、すべて日常の中にあっという間に感傷に浸るひまもなく戻すことが必要だと考えたからだ。

咲と逢う予定の日まであと2日だった。
僕にはもう事件は必要なかった。それを実感しながら、僕は日常の中で、ゆっくり非日常を味わった咲を迎えるつもりだった。

 新幹線は、あっという間に僕を東京の日常の中に運んでいった。
まるで、夢から覚めたように僕は東京駅の新幹線ホームにいた。
僕は駅のホームから、浦上教授せんせいに電話をかけた。

「・・先生、お久しぶりです、連絡しなくて申し訳ありません。」
(うん、咲とはうまく出会えたみたいだな。)
「はい、咲から連絡が・・・?」
(ああ、最後の修行をしてから帰るとか言っていたが、君はいま、咲と一緒じゃないのか?)
「・・ええ、咲とはあさって逢う約束してるんですが。」
(ああ、それで別行動だって言ったんだな・・。)

 僕はあらかた話した後、電話を切った。

僕は咲の気が変わらないかと少し気がかりになっていた。
また、自由が丘で再会した際、どんな話をしたらいいのか僕は考えあぐねていた。しかし、僕は密かに心に決めてはいた。

つまり、今まで通り、日常に戻ることだった。
これが大事ではないのかと考えていた。チルチルミチルの話ではないが、「青い鳥」は、日常の中にある。そう言うことではなかったのか・・・。

僕は咲がそういう結論を持って僕に出会うのではないかというそんな予感を持っていた。

以下 次号

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