浦上咲を・・かたわらに ο (Omicron)
Episode15 知足
咲がアパートに久しぶりに訪ねてきた。
「こうさく、お夕食作ってあげる。材料も買ってきたよ。」
咲は、スーパーの袋に野菜やら肉やら牛乳やら、しこたま買い込んで、流しへ向かった。
「へぇ・・・何作ってくれるの?」
「クリームシチュー、嫌い?」
「いや、僕は好き嫌いはほとんどないから大丈夫。」
「よかった、この台所も慣れておかなくっちゃ・・。って思って。」
咲はトートバッグの中からエプロンを取り出し、台所に立った。お世辞にも広いとは言えないアパートだが、曲がりなりにもバストイレも付いている。
学生時分に住んでいた「下宿アパート」の四畳半一間に比べたら、雲泥の差だった。
だが、二人で住むには少し手狭かも知れない。ましてや子どもがいたらかなり狭い。
それでも咲はここに住むつもりでいる。
僕自身、なんだかわびしい気持ちになっていたけれど、咲は「これで十分だ」と笑い飛ばす。
確かに今の僕の収入では、これくらいが身の丈に合っているのかも知れない。
「分相応」・・・という言葉が心に浮かんだ。
咲は台所で鼻歌交じりに食材に包丁を入れている。僕はといえば、明日の仕事に使う資料に目を通している最中だ。
・・・何気ない日常・・・。
この先、咲と一緒に暮らすことになっても、こういう毎日がつづくんだろうか。いや、たぶん、この先、僕や咲の仕事の内容や環境が変わったり、家族が増え、、日々成長するにつれて、、この状況は限りなく変化していくだろう。その度に僕たちの日常は限りなく変化していくのだ。
「はぁい、あとはコトコト煮込むだけだよ。」
咲は「キッチン」を離れ、僕の横にちょこんと座った。改めて思ったが、咲は小さくてかわいい。すべてが小さくコンパクトに収まっているのだ。
「咲って身長どのくらいだっけ?」
咲は、ちょっとむっとした顔で言った。
「149センチ、小学校から全然伸びてないのよ・・。あと1センチほしいのにやんなっちゃう。」
「はは、そうなんだ。やせっぽちだしね。」
「や~ん、スリムって言ってほしいけど。」
「いや、コンパクトでかわいいと思う。」
「うん、経済効率がいいのかもね。」
咲はそう言って微笑んだ。僕はその時『身の丈』という言葉が浮かんだ。
咲の言葉からは自分の身体が華奢であることの不満というものは見えない。自分の身の丈はそれはそれで良いと思っている。
だが、中には自分の身の丈に不満があり、たとえばもっと背が大きくなりたいとか、広い家に住みたいとか、お金がもっと欲しいだとかというような「欲」が働く。そしてそれが不満のもとを生むのだ。
不満とは、満ちていないという意味だ。求めれば求めるほど満ちる量は増える。だから満ちることなく「不満」になる。仏道ではこれを「苦」と呼ぶのだ。
このことを咲に言うと
僕は考えてみた。考えれば、欲そのもので言えば、元々ありのままにあるものだ。それ自体は苦の根源とはならない。が、それに何かが加わると「苦」となる。いわゆる「物欲」と呼べるものだ。で、それが「苦の根源」になるのだ。
咲は時々鋭いことを言う。
「だから、今は今のままでいいの。」
「咲、おかずはシチューだけ?」
「そうだよ、それだけ。」
「何か寂しいな・・。」
「食べられるだけいいと考える。・・・それが、足るを知るよ・・。」
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