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漂泊幾花 第3章 ~みやこわすれ~

Scene6 意外な事実

「姉はん・・・。耕作はそんなつもりはあらへん、多分・・・。」

 あゆみの方が綾に反論した。
「うちが、耕作をずっとだましてたし、純もだましてた・・・。」
あゆみは半ば泣きそうな声でそうつぶやいた。
「・・あゆみ・・。」

 僕は話す言葉を見つけられないでいた。だが、あゆみが僕宛に出した手紙の意味がようやくわかってきたような気がした。ただ、綾さんに僕と咲が先に会ったと言うことはあゆみの思いもしないことだったのだろうと思う。僕はあゆみの考えが解っていた。あゆみは、僕に『振られる』事を予定して僕にメッセージを送ったのだ。僕は咲を出汁に使うようで何となく気が引けたが、打開策を考え出していた。たぶん・・・、それがあゆみにとって最もよいことなのかも知れないからだ。

「・・・綾さん・・・どうして解った・・・?咲のこと・・・。」
「御前様に興味を持つこと自体、命の行く末が自分で解ってる証拠やわぁ・・・。うちは解るえ・・。」
「・・・そのとおりだよ、彼女は身体に時限爆弾を持ってる。急性転化したら、半年も持たないよ。そう言う病気だ。」
「耕作はん・・・あんた、解ってはるの?」
「そう、だから、彼女の旅につきあってる。命が尽きるまで・・。」

「カッコつけてへん?・・・耕作。あんた、昔からそうや。」
あゆみが僕に食い下がった。
「そのとおり・・・。」
「命がまもなく尽きてしまう恋人とつきおうとるのに、なんでうちの手紙にのったんや・・・。」

 僕はあゆみをじっと見ながら、言った。
「そうだよ、あゆみの子が俺の子と知った以上・・・。」
「なに?」
「もし咲が死んだら、おまえと一緒になるしかないじゃないか・・・。あはは、そういう打算だよ。お前の方からさっき言ったしな。」

 あゆみは僕を悲しげな顔で見つめると、僕の頬を思いっきりひっぱたいた。

「あほ・・・・耕作は変わった!。」

 あゆみはそのまま店を出ていった。綾さんは始終平静にカウンターの中にいた。僕はばつが悪くなっていた。そのまま出ようと思い、綾さんを見たとき、綾さんは沁みいるような顔で僕を見た。

「・・・・・おおきに、耕作はん・・・。」 
「・・・え?」
「あんさんが、一番あゆみを知ってると言うことやわ・・・。つまんない演技、とんでもない大根役者やで。うち笑うとこでした。・・・でも、これがほんまにええ・・。」
「・・・・・。」
「あゆみの一番いい道を選ばせはった・・・。」
「・・・・。」
「あゆみはプライドの高い女や・・・・。あれでよかったんや。なんであんたがはなから好き合うような運命じゃなかったんか・・・。うちは姉として悔しいわぁ・・・。」
「・・・縁・・・でしょうね・・。」
「ほうやな・・・縁・・・。」
「・・・・。」

「実は、ほんまの話・・うちら、あんたに謝らなあかん。」
「え・・・?」 
「うちの耕作はたぶん、あんたの子と違う・・思う。」
「え?・・・」

綾さんは「ここだけの話」と指を立て、話し始めた。

「実はあゆみ、立志大に通ってた時分、子ができて、それが理由で大学辞めたんやけど。ほんまの事言うと、知らん男にレイプされたんや。」
「・・・え?・・」
「せやから、あんたらに抱かれよう思うたんとちがうやろか。自分を納得させるため。」

 意外な事実だった。しかし、それでなぜあの日あゆみがあのような行動に走ったか、なんとなく理解できたような気がした。

「レイプの話は、あゆみ自身から聞いたわけやないさかい、あの子には内緒やで。」

 そこで綾さんは僕に向かい、姉さん然とした目を向けながら言った。

「さて・・・、目の前にいるんは妹が嫌うくらい情けのう最低男や、うち等の『耕作』は、しっかり育てるさかい、あんたはもうすぐいなくなる儚い恋人と、せいぜい逢瀬を重ねることや・・・。ええか?」

 綾さんは心なしか泣き顔だった。僕は綾さんの気持ちが解っていた。あゆみはずっと僕の幻影を理想化していたのかも知れなかった。僕はそう感じていた。だから、あえて、気持ちとは裏腹な下卑た答を彼女に示した。しかし、僕にはあの時、あゆみがなぜああいう行動に出たのか、ずっとその裏を考えていた。

 しかし、それはどうでもいいことだった。あゆみ自体が自分自身の心のバランスを取るためには、どうしてもそういう行動をとらなくてはいけないと感じていたからだ。ただ、その真実をあえて解き明かそうとは僕は思わなかった。ただ、その時、僕はどちらでも応じるつもりはあった。

 綾さんはそれを解ってくれていたようだった。それが、咲の行動の理解に深くつながると思ったからだ。咲も、多分それを覚悟していたと思う。人間の運命は、そういうものなのだ。今、目の前にある運命をそのまま受けるしかないのだ。

「・・・耕作はん・・・。ほんま・・うち、あんたに惚れそうやわ・・・。でも・・・、咲はんにはかなしまへんなぁ・・。咲はん、しゃしゃあと時限爆弾のこと、うちにいわはったし・・。」

綾さんはそう言って笑った。

「あゆみのことはうちが何とかするさかい、心配せんといて・・。それに・・、あゆみはまだうちにも何や重大なことを隠してることがあるような気がするさかいにな。これでよかったんやわ。ほんに迷惑かけたわぁ・・。」
「・・・お願いします・・・。」
「あんじょう・・。」
綾さんはそう言うと僕にいきなり口づけをした。僕は驚いたが、綾さんはくすくす笑って言った。
「これはあんたちゅう存在へのうちからの罰だす・・・。うんと悩みなはれ。うふふ・・。」

 僕はそのまま逃げるように綾さんの店をあとにした。


以下 次号

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