後編○融通銭と習い事
途中で感じの良いアンティークショップを見かけたので中に入ってみる。様々な私の知らない世界がそこにある。何も買わないで帰る時が気まずい人は、「また来ます」と一言言うだけで印象が変わると先生は言っていた。
そうして2店舗ほど、ウインドウショッピングをしてから、改めて246へ向かう。目的地はレンタルスタジオだ。ここで先生に会う事が出来る。但し、作家の作品と作家そのものは、同じであるはずが無い。
作家は作品で嘘をついたり虚構を創り上げるものだから。そんな僕も例外では無く、この文章を書くうちに都合の良いように出来事を脚色している。
日本一の中古買取店を目指しますというトラックが僕の横を通り過ぎていく。また理想の先輩社員はこんな風に仕事をしています。と書いてあるトラックも走っていた。
休日の車通りの少ない時間帯でも僕に関係してそうな広告が目に飛び込んでくる。
何とか日枝神社の前まで辿りついてバイク便の暇そうなおじさんに尋ねた。ここから青山のスタジオまでどのくらいで行けますか?
グーグルマップの使えない僕は人力に全力で賭けていた。
返答を聞くまでも無く、約束の時間には間に合いそうに無かった。でも慌てずにゆっくり行こうと思った。自転車のチェーンが伸び切って外れていたからだ。いつもなら持参のドライバーで簡単にハマるチェーンがこの日は全く駄目だった。
押し歩きでTBSのある赤坂の商店街を進んでいく。開店前の寿司屋に
ウォーターサーバーがあったので、店員の外国人に思い切って聞いてみる。反応はつれなく開店後のウェイテングの客用との事であった。
珍しいお店が沢山ある中を可愛い女性配達員がピックアップをして走り出していった。
目的地には時間までに行けないが、何とかスタジオに顔を出したいと思った。僕には沢山の本のコレクションと絵馬がある。きっと誰かがこれを欲しいと思うはずだ。
先生とは2年ぶりに会う事になる。
僕は押し歩きのスピードを高めて246の豊川稲荷の前まで出てきた。
「心願成就」前回、写真を撮ってグーグルマップにアップロードしていたのを思い出した。金遣いが荒くて困った時に、ここを訪れて「融通銭」という黄色い袋に入った10円玉を貰い財布に入れて持ち歩いていた。嘘か本当か僕の財布のキャッシュフローは徐々に改善されていった。
続いて高橋是清邸跡の公園を通り過ぎる。226事件当時の建物は東京たてもの園に移築されている。是清は僕の学校の遠い先輩だとwikipediaで知った。
ここで気を取り直して、チェーンを再び嵌めるアクションをしたところ、偶然にもハマったので再び自転車を漕いで行く事にした。
先生には何か企画を持ち込まなくてはいけないのだった。生徒のみんなが楽しめる企画で本を紹介して配るのもいいと思った。
路上駐輪で自転車を置いて、スタジオのあるビルに入り、顔認証のセキュリティのある部屋の前まで来た。
息を整え、レンタルルームの一室へ進んだ。
中から響き渡る声で「GODIVAのDの発音は、、」と聞こえてきた。
「失礼します」僕は時間を大幅に遅れて部屋に入った。
先生は講義を一旦止めて「君はもういいから」と僕を制止した。
僕はそのまま続けて、大量の本と絵馬とローソンのGODIVAのチョコ菓子をデスクに並べた。
「私からのお届けものです」
一瞬間が空き、奮闘虚しく僕は部屋から退出させられた。高額な授業料を払っている人達の邪魔をしたのだから仕方ない。
ゴディバ夫人の伝説の如く、自転車に乗った中年の男は外苑前の沢山の歩行者のいる歩道に警備員によって服を着たまま追い出された。
この日は丁度秩父宮ラグビー場でのラグビーの試合と神宮球場でのヤクルト中日戦が行われていた。僕はどちらの試合も興味は無かったが、ヤクルトのオフィシャルショップで何となく記念に金色の傘を買った。
通りに戻るとシュミレーションゴルフの黄色い看板が目に入ったので、迷わず地下に降りた。
中ではカッコいいスイングをしているレッスンプロらしき男性と綺麗な女性が受付をしていた。
室内の照明が僕のような光に過敏な者を刺激しないような黄色い調光でデザインが統一されており、とても気に入った。
ここでイベント開催をすれば塾生達もきっと喜ぶと思った。
だが、僕は全ての習い事は退会しているし、もう一つは出禁になったばかりである。少し後悔しながら、予約無しでは使えないその店を出た。
沢山の混乱の中で僕は居酒屋の呼び込みに釣られて一人反省会のビールを呑んだ。
憧れの人とは融通銭を借りて持ち歩いて持ち続ければ、いつかはきっと会えるのだろう。僕は既にお礼と一緒に返してしまったので、全ての習い事の師匠や夢とはすっかり疎遠になってしまったのだろう。
完