ATPを再合成せよ! 【生理学シリーズ②】
生体共通通貨ATP
生理学だけでなくトレーニング科学においても、このATPという単語は必須用語と言えます。
なぜなら運動を継続する上でこのATPの再合成は常に1番の課題とも言えるからです。
今回はそんな『ATPについて』とその『再合成のための3つの経路』について解説していきたいと思います。
そもそもATPとは
ATPとはアデノシン三リン酸(Adenosine Triphosphate)のことでアデノシンという物質にリン酸が三つ結合した高化学物質です。
我々人間も含め、あらゆる生物はこのATPが加水分解してADP(リン酸が一つ外れたもの)になるときのエネルギーを利用しています。
むしろこのエネルギーしか使えないと言っても過言ではありません。
都合の悪いことに
「リン酸は3つあるんだから最後の一つになるまで利用してしまおう」
という訳にはいきません。
3つから2つ ATP→ADPになる時のエネルギーしか使えません。
何故エネルギーが必要なのか
前回解説いたしましたが、生物は生きる上で自らの内部環境を維持しなければなりません。
ある種これは自然の流れに逆らった活動です。
自然の流れとは簡単に言うと
位置や温度、濃度などが高いものから低いものへと移動すること
です。拡散というと分かりやすいかもしれません。
これに逆らって活動する時には必ずエネルギーが必要になります。
そのため
ということがここまでのまとめです。
次に課題となるのはATPは有限であるため再びADPをATPに戻さなければならないということです。これがATPの再合成です。
3つのエネルギー供給機構
体内のATPはせいぜい数百グラム程度しか存在しないそうです。
それが普通に活動しているだけで、およそ体重と同じ量が再合成されているのだとか。
ATPを再合成するのにもエネルギーが必要で、この時のエネルギーはATPを分解したものでなくても大丈夫です。
再合成の方法は3つあります。
ATP-CPr系:クレアチンリン酸からリン酸が外れる時のエネルギーを利用
解糖系:グリコーゲンやグルコースを分解する時のエネルギーを利用
有酸素系:ミトコンドリアにて酸素を使って合成したエネルギーを利用
上記の1と2を合わせて無酸素系とも呼ばれます。
無酸素運動、有酸素運動と聞くと馴染みがあるかもしれません。これはエネルギー機構により名付けられていたのです。
これらに関して以下で簡単に解説していきたいと思います。
ATPーCP系
100m走の主役。
ATP-CP系とはクレアチンリン酸がATPの再合成に作用するもので、一言でいうと超短時間の強力なエネルギー供給機構です。
クレアチンリン酸は文字通りクレアチンとリン酸から出来上がっており、ATPと同様にリン酸が外れる時にエネルギーが発生します。
この時のエネルギーは直接生体に利用できないのでATPを再合成するために使われます。
より簡単にイメージするとATPの分解で外れたリン酸をクレアチンリン酸を分解した時のもので補填するようなものです。
クレアチンリン酸は代謝の早い筋肉や神経組織に主に分布しています。
必要とされる場合に瞬時にATPを再合成してくれますが、その分すぐに枯渇してしまいます。
高強度の運動では筋肉内のクレアチンリン酸は7〜8秒ほどで枯渇してしまうとされています。
使われてしまったクレアチンリン酸は余裕がある時(ATP濃度が高い時)にATPをつかって再合成されます。
この働きはトレーニングにより強化することができ、短距離スプリントトレーニングなどが代表的です。鍛えると筋肉内のクレアチンリン酸を増加させることができます。サプリメントとしても摂取されていますね。
解糖系
乳酸のもと。
解糖系はグリコーゲンまたはグルコースを分解した時のエネルギーでATPを再合成するもので、単核生物も利用するため最も原始的なエネルギー供給機構とも言えます。
身近な例を挙げると発酵などの現象もこの解糖系が関与しています。
ちなみにグルコースとはブドウ糖のことで体内で使われる最小単位の糖とも言えます。グリコーゲンとは身体が貯蓄しやすいように肝臓によってグルコースから加工されたもので筋肉や肝臓に貯蓄されています。
解糖系では筋肉や肝臓にあるグリコーゲンもしくはグルコースを分解し【ピルビン酸】と言われるものに変換します。この過程でATPの再合成が行われます。
この時産生されたピルビン酸は次の段階である有酸素系の燃料になります。
無駄がなく効率的ですね。
しかしながら解糖系は酸素を必要とせずエネルギーの供給こそ早いものの、途中でATPが使用されるなどあまり効率的ではありません。(グルコース1分子あたり2ATP、グリコーゲンだと3ATP)
運動の継続時間も、強度によりますが30秒〜3分程で使用されてしまいます。
またピルビン酸は過剰に作られ有酸素系での処理が間に合わなければ、最終的に乳酸へと変換されてしまいます。
乳酸は筋肉内のpHを低下(酸性に傾け)させ水分を引き込むことで充血を引き起こします。
激しい運動をしたときに筋肉が張る現象ですね。
ちなみに乳酸といえば一般に疲労物質とされていますが、筆者は乳酸は悪者ではないと思っております。その理由や他にも乳酸閾値、グリコーゲンローディングなどについても語りたいのですがまた今度の機会にさせていただきます。
有酸素系
そして伝達系へ。
有酸素系は、細胞内のミトコンドリアにて糖質・脂質・タンパク質の全ての栄養素を材料として酸素を利用してエネルギーを作り出すものです。
上記の無酸素的なエネルギー産生に比べて圧倒的な量のエネルギーを産生しており、これがATP再合成の本態と言っても過言ではありません。
有酸素系は
【TCA回路】と【電子伝達系】と言われるものに段階分けされます。
※ここから先は少々聞き慣れない単語が多くなります。難しいと思う方は下方のまとめだけご覧ください。
TCA回路はクエン酸回路やクレブス回路などとも言われます。
TCA回路は言わば準備段階でここでATPは作られません。
ここでは前述の解糖系で生産されたピルビン酸を【アセチルCoA】と言われるものに変換したものを使用します。このアセチルCoAは脂肪酸のβ酸化によっても作られます。
アセチルCoAは【オキサロ酢酸】というものと結合し【クエン酸】になります。クエン酸はまた様々な他の酸の形へ変換され、またオキサロ酢酸になりまた他のアセチルCoAと結合します。オキサロ酢酸が再び同じものになるまでに9段階を経ておりこれが繰り返される回路となっているのです。
この回路を回る間に【NADH】と【FADH2】というものが作られます。
これらは電子の運び手となる補酵素で次の電子伝達系の材料となります。
電子伝達系はTCA回路で作られたNADHとFADH2を使っていよいよATPを作り出します。
NADHとFADH2はミトコンドリアの内膜と外膜に水素イオン濃度の差を生み出します。
水素イオンの差があるということは電子の差があるということです。
この濃度差が元に戻るとき(膜外の水素イオンが膜内に戻るとき)のエネルギーを利用してATPの再合成を行います。
この時再合成されるATPはグルコース1分子あたり電子伝達系のみで34ATPとなっており、解糖系(2〜3ATP)と比べ物にならないことがわかります。むしろ解糖系は電子伝達系への経路の一つとも言えます。
TCA回路と電子伝達系は非常に複雑でいくつもの反応が順繰りに起きています。
あまり詳しくない方のために誤解を恐れずざっくりというと
水を汲み上げて落ちる時にタービンを回してエネルギーを得ているようなものです。
水を汲み上げるのはTCA回路による化学反応
水が落ちるのはNADHとFADH2による電子伝達系
タービンが回るエネルギーでATPを再合成
こんなイメージです。
有酸素系は酸素を使うことにより膨大な量のエネルギーを得ることができます。
しかもエネルギーは酸素と水、脂肪などの材料があるかぎり果てしなく作り続けることができます。
しかしながら弱点も存在し、エネルギーを生み出す過程が長いため時間がかかってしまうということです。
そのため運動においては高強度の運動は不向きで比較的低強度の運動時に主として活動します。
長くなってしまったので有酸素系について簡単にまとめます。
最後のまとめとして
今回説明した3つのエネルギー機構は、状況に応じてATPを再合成し生命維持や運動を継続するための生命の叡智の結晶です。
少しでも皆様に学びがあれば幸いです。