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【ラノベ】a ラストティア ~荒野の楽園編~ 第一章 満ちた世界と天変地異

ほんのり柔らかい暖かさを含んだ冷たい風が、薄く白い服がめくれ出たおなかに触れる。
―また同じ夢の続きを見ていた。
 自分が物語の主人公で、その物語は剣や魔法が使える世界で、たくさんの冒険者達がダンジョンや洞窟に踏み入れお宝探しをしながら生活をしている中で、魔王軍と戦う戦士なんかもいて・・・。その中でも自分が伝説の勇者として仲間と共に魔王を討ち滅ぼす。
 でもその物語はいっこうに完結する気配も見せずに、まるでゲームで死んだら協会で生き返ってやり直しをするかの如く、ドロップするアイテムをリセマラするが如く、何度も同じシーンを繰り返す。
 今日は約7回目の森のダンジョンで、落とし穴に落ちて出口を探している間に見つけた精霊の泉で回復をし、その先にいる森の守護者との戦闘シーンで目が覚めてしまった。
「第一フェーズさえ突破出来なかった・・・」
 そう口にした彼は、いつもは孤児院のおばさんが起こしに来る6時半の30分前に目が覚めるのだが、今日はそれよりも速く目が覚めてしまっていた。
季節は春、それもふきのとうの先がちょっとでてきたくらいのひょっこりとした春。
さすがにおなかを出したまま寝たら、冷えて目が覚めてしまうのも仕方ない。
「あと10分・・・」
 目覚まし時計があるわけでは無く、習慣によって身につく代物である体内時計という感覚を使い、ちょうど9分45秒後、まだ半開きの目をこすりながら洗面所に向かう。
両手ですくった水を顔にかける。やっぱり朝は冷水に限るよな、爽快感が半端ない。
タオルで拭くことも無く濡れたままの状態で、置いてあるコップに水を半分くらい注ぎ中庭まで向かう。
「おはよう、今日も良い日になると良いね『ベル』。」
 そう挨拶して、手に持っているコップの水を鉢の中で咲く黄色い花にあげて、そっと撫でる。
 それに答えるかのように『ベル』もゆらゆらと揺れるのだが、彼は「風の仕業かな?」と思う位で特に気にする様子も無く、しばらくの間『ベル』とのおしゃべりを愉しんでいた。

「ほーらみんな起きて!朝ですよ~~。」
 その大きな騒音に妨げられた睡眠達がゆっくりと腰を折り曲げる。
 相変わらずの騒音だ・・・。と思いながら朝の礼拝を済ませるために、大きな木彫りの女神像のある部屋へと向かう。
 彼が朝早く起きるのは、この騒音が嫌という理由もあるだろう。
 まだふらふらした状態のみんながぞろぞろと一室に集まってくる。
 全員が揃うとまずおばさんが目を閉じながら両手の指を交互に編み込むようにして胸の前で合わせる。
 それに続いて全員も手を合わせ、そして斉唱する。
「「神に与えられし生命と共に生き、そして死ぬ時まで、感謝を込めて祈ります。”ありがとう”」」
 お祈りが終わったらようやく朝ご飯の時間。
 各々が顔を洗ったり着替えたりと食堂に向かう準備をしている間におばさん達がご飯をお皿に盛り付けテーブルに並べていく。
 ここでいう”おばさん”とは、この孤児院で子供達を世話・管理してくれる人達のことで、年齢問わず僕らはおばさんと呼んでいる。(みんなそのはず・・・)
 そうして用意された朝ご飯を決められたイスに座ってみんなで食べる。
 もちろん食べる前の挨拶もある。
「「「いただきます!」」」
 お皿の上には丸いパンとソーセージ、スクランブルエッグにレタス。特に豪華という分けでも無く質素というわけでもないが、よくこのような施設で出てきそうな感じのオーラを放っているように見える。
 週に2日はスープも出てくるが今日はその日じゃないらしい。
 テーブルに着くまでスープがあるかどうかは分からないので、一日のわくわくはここから始まるといっても過言では無い。
 食事を済ませたら教室へ向かう準備をする。
 ここから夕方までは所謂”学校”というものスケジュールが割り当てられていて、同じ教室で同じ教育を同一の教師(おばさん)から学ぶ。
 しかしそれも全て孤児院内で行われるのであって、外へ出て学校にわざわざ向かうということはしない。というよりする必要がない。なぜなら現代に”学校”というものが存在しないのだから・・・。
「空気が冷たいな・・・、裸のあの子は服を着るのにもうしばらく時間がかかる。可哀想に。でも服を着る頃には暖かくなっていて、衣替えをしたあとにまたすっぱだかになっちゃうんだよな~。寒い時には裸で熱いときは厚着だなんておかしな奴等」
 そんなことを思いながら外に立っている木々をぼんやり眺めていた。
次に目をやったのは上空で、優雅に飛ぶ鳥や流れにまかせて漂う雲を見て彼らに言う。
「僕に翼があれば同じところをウロチョロしないでもっといろんなところに飛んでいくよ。あともうちょっと低いところの方が良いと思う、だって太陽が暑いからね。君たちは平気なのかい?」
聞こえるはずもなく、たとえ聞こえても理解されないであろう言葉を伝えようとする彼の頭に、
パコーンといい音を立てて丸まった教科書が降りかかった。
「イッタ~~~~」
痛みをこらえるけれどもでてしまう、そんな感じの”イタイ”発声をしてしまった彼におばさんが言う。
「優理!あんたまた外見てボーッとして、そんなに私の授業がつまんないのかい!?」
優理、それが彼の名前。目と耳に少しかかるくらいの長さの黒い髪をしていて、目つきは多少きつめだが、その瞳には透き通った純粋さが感じられる。色白で決して美男というわけでは無いが整った顔立ちをしている青年だ。
「別にあんたの授業だけがつまらないわけじゃないよ、平等に退屈だ。」
そう返す優理にまたしても一発パコーンと教科書で叩いて、
「ほんっとに口だけ達者に育って、せめて教科書とノートくらい開いてペンでも握ってなさい!」
そう言うと前にもどって授業を続ける国語のおばさん。
みんなの視線も優理から散らばっていく。
しぶしぶと言われたとおりに教科書とノートの適当なページを開き、ペンは握るだけの優理であった。
一日の授業が終わると夕食の時間までは部活動の時間となる。
 男の子は大抵運動系の部活に所属していて、サッカーやバスケ、野球など本当にいろいろある。
 ちなみに優理は剣道部に所属している。
 女の子はちょっと特殊で園芸やピアノ、裁縫に料理と文学的かつ家庭的なものを半ば強制的にやらされている。
 将来孤児院でおばさんとなるための修行なのかもしれない。
 優理は今日も、校庭を広く見渡せる位置にある大きな木の下で、日陰の中に涼みながら本を読んでいた。
 風通しも良くお昼寝には丁度良いここは最高の癒やしなのだ。
「空気も美味しいし、部屋にこもって厚着して剣を振るっているより断然いいよな~」
 と、まだ草の生えかかっていない地面におしりをつけながら独り言を言う優理を、誰も気にはしない。
 授業も部活もちゃんとやらない優理は、他の人からしたら変人であって、殆どの人は話しかけるどころか近寄ってさえこない。通称ボッチというやつだ。
 かといって本人もそれを自覚しているせいか、さほど気にしてはいない。
 年頃の子供ではあるので完全に気にしていないわけではないのだが、気の合わない人達とわざわざ関係を持とうとすることの方が疲れるし面倒なものだと思っていた。
 だから優理は一人、このベストスポットで大好きな読書をしている。
本のタイトルは『三匹のネズミ騎士VS蛇竜バルボロス』、いかにもファンタジーなタイトルだ。
 始めは2匹だったネズミの戦士ピピチューとピラチューが、親の敵であるバルボロスに挑むが大敗し逃走。なんとか逃げ切ったところに偶然出会った伝説の騎士マライチューに剣の特訓をしてもらい、3匹のネズミによる奥義トライチューでバルボロスを打ち砕く。そんな物語だ・・・。
 優理の持っている本は私物の本ではなく、孤児院の経費で買っている本であった。
 今でこそ孤児院に本が増えてはきたが、もともとは少なく、今ある本の9割は優理が頼んで買ってきてもらった本。だから優理は置いてある全ての本を完読している。
そして新しい本がやってくるのは1月に一回、二~三冊程度と少ない。
だから優理は同じ本を何度も読んでいて、この本は10回以上読んでいるのであった。

「ゆうりは本当に本を読むのが好きなんだね。」
「うん!いんちょうがたくさん字や言葉を教えてくれるから、読める本も増えてきたんだよ!ねぇ、この字はなんて読むの?」
 院長と呼ばれた人物は「どれどれ」と良いながら優理の横に座り、かけていた眼鏡を上にずらして優理の指した文字を読む。
「これはだな、『ぼうけん』と読むんだよ。意味は、まだ観たことも無い場所に勇気をもって行くこと」
「まだ観たこと無い場所ってどんな場所?」
「そうだなぁ・・・、ほら、例えば雲の上の世界とか海の深いところ、あとはほら、優理だったらあそこの遠くに見える山にも登ったことは無いだろう?そういう場所のことだよ」
「そっかー、まだ行ったことない場所に行くことなんだね」
院長の指さした山や空をぼーっと眺めながらつぶやいた。
「優理も冒険してみたいかい?」
「したい!!」
優理は大きな声を出し、上半身を院長にぐいっと近づけた。
「そうかそうか、優理は本当に元気で良い子だな。」
 院長は笑いながら優理の頭をぽんぽんと撫でる。
くしゃっとした顔で優理も笑うと、今度は優しい眼をする院長。
「でもな優理、冒険には仲間が必要なんだよ?だから孤児院で友達を作らないといけないな。それに体力も冒険には必要だから剣道なんか始めてみたらどうだろうか。一石二鳥じゃないかなって思うぞ。」
 いつも一人でいる優理を心配している院長の優しいアドバイスだった。
「友達・・・。そりゃ僕だって友達は欲しいけどさ・・・・・・。いんちょうじゃだめなの?」
 不安でうつむきながら指をもじもじとさせる。
「院長はもう年寄りだからなぁ、冒険はちと厳しいな。せっかくのチャンスなんだから頑張ってみたらどうだい?大丈夫優理ならきっとできるさ。」
 歯の殆ど抜けた口を開き、ニカッと笑いながら優理の肩を叩く。
「うん、わかった、頑張ってみるよいんちょう!」
若干迷いはあったものの、優理はいんちょうに負けないくらい口を大きく開いて笑って答えた。
すると急に院長は目を細めて優理の顎に手を当て口を開きのぞき込んだ。
「おーひたの??」
 急に口を開かれてびっくりして声を出すも、舌が上手く使えず変な音になる。
「この歯・・・抜けそうだな優理」
 そう言って人差し指で抜けそうな前歯をクラクラとさせる。
「へ、いんひょうとおなひになっひゃうひゃん!」
「ん?誰と同じだって?一緒にされちゃ困るなぁ!」
 合図も無しに急に指で歯を引っこ抜かれた優理は絶叫を上げる。
「んっぎゃああ!!」

「なにすんだよじじ・・・・・・」
 急に起き上がり辺りを見回すも、いつもと変わりない校庭と身長よりも長く伸びた影達がウヨウヨしているだけで、歯の痛みもじじいの姿もそこには無かった。
 どうやら本を読んでる最中に眠ってしまい、夢をみていたようだ。
 「懐かしい夢だったな・・・」そう思っていると遠くからまたいつもの騒音が聞こえてくる。
 夜ご飯の時間だ。
「はい、みんな手を合わせて、いただきます」
「「「いただきます!!」」」
 朝の時とは違ってみんな汗をかいたり、服が汚れたりと、外のにおいがする。
 育ち盛りなこともあり、食べ方こそ汚いもののバクバクと美味しそうに食べる子供達を、おばさんは嬉しそうに眺めている。
 夜ご飯のあとはお風呂に入ったり歯を磨いたりと寝る準備を済ませ、就寝前の礼拝で今日一日に感謝を告げ、8時半には就寝する。
みんなが眠たそうにお布団に入る中、優理は一人中庭に居た。
「今日も一日退屈だったよ、君はいつもここにいて退屈じゃないのかい?」
 中庭の友達からの返答はもちろん無い。
「こら優理、すぐに寝なさい」
 後ろから「やれやれいつも懲りないね」といった雑音がする。
 ここにいるみんな、そして優理の一日-――毎日はこんな風にして過ぎていく。
 
 なんの変哲も無いただの孤児院での生活に思える、がしかし、全く普通では無かった。
 21XX年、人類は留まることなく進化を続け、人口減少や労働不足、食料不足などの様々な問題を全てAI、つまり機械によって補った。
 正確には補ったのではなく超えた。
 予想を遙かに超えた成果をあげ、現代は人類至上最高の機械文明時代と言えるだろう。
 どのくらいかというと、まず食料はほぼ複製で作られるようになり、A5ランク級のお肉も量産可能。
 野菜などからとれる栄養は全てひとつのサプリメントで得られるようになり、野菜嫌いの子供も楽々栄養が摂れるようになる。
 道路は全て全自動化システムが搭載され、歩く必要も無ければ車を運転する必要も無い。
 全ての家、施設、場所が繋がっており、まるで遊園地のジェットコースターがいつでもどこでも乗り降り可能で、目的地に到達できる。
 教育制度も変わり、学校で一つの空間で同じレベルの授業を受けさせるのは、子供一人一人に合った最適教育方法ではないということで無くなり、代わりに自動学習システムが搭載された。
 自動学習システムとは、生まれてきた子供に特別なICチップを埋め込み、健康管理から発達、成長レベルに合わせた補佐、学習が行われ、常に最適な教育が施されるシステムである。
 よってこの子達は生まれながらにしてエリートであり、一人一人に合った適正の道が確定している。
 またこのICチップには様々な機能が搭載されており、例えばお金も電子マネーとして使えるし、携帯の役割も果たしてくれる。もちろんネットも繋がる。
 全て脳内で再生してくれるから、そのビジョンが目に浮かぶといった感じだ。
 つまり人類は、とてつもなく進化したのだ。
 しかし、進化したことによって生まれたものがある。
 それが階級制度である。
 この最高の文明を享受出来る層がいれば、逆にできない層も生み出したということだ。
 享受できる側は華族と書いてかぞくと呼ばれている。
 逆にできない側は、華族からはみ出た者という意味でキバミと呼ばれた。
黄ばんでいる部分、汚れた部分、要らないもの、カス・・・そんなところだろう。
 機械が仕事をするような世界だから、殆どのの華族は適正に定められた職を数年間務めたら退職し、娯楽を愉しむ毎日を送って居るのに対し、キバミは機械ではできない雑用をやる者として雇われたり、その娯楽を盛り上げるための道具として利用されたりする。
 孤児院で暮らす子供達、並びにそこでお世話係をしているおばさんは当然、キバミということになる。
 だからここでは昔と変わらない教育形式が行われていたのだ。
 そしてここは孤児院であり、この世界ではぶられたキバミ達が残していった、あるいは捨てていった子供達が保護されている。
 優理が孤児院にやってきたのは年齢として3才くらいの頃らしいが、正確には不明である。
 孤児院にやってくる子は大抵が親の事情であり、年齢や名前は把握されていることが多く、たとえ捨て子であったとしても、生まれたばかりか手紙が添えられてそれらが完全にわからないといったことはないのだが、彼は違った。
 道ばたに裸で横たわって倒れていたところを当時の孤児院長に発見され保護されたのだ。
 これまでどうやって生きてきたのかと不思議に思うくらい綺麗な肌をしていて、髪はちょっと長くなっていたが整っていた。
 意識を取り戻した彼に院長は、名前は?歳はいくつなの?どこから来たの?と質問をしたが、何一つ彼について分かったことが無く、唯一分かることといえば、彼が男の子であるということだけであった。
つまり彼は記憶が無かったのだ。
 そんな彼に名前を付けたのが院長であり、優理は院長にとても懐いていた。
 しかしその院長も推定で彼が7才の頃に他界した。
 もともと周りの子とも馴染めずに院長にだけ心を開いていた優理は、それ以降一人でいることが多くなった。
そして一人でいる時間を優理は本を読んで過ごしていた。
 本は一人でいる退屈な時間を、まるで別世界にダイブしたかのような感覚で満たしてくれる存在であったからだ。それともう一つ、院長が優理に残してくれたものがあった。それは優理が5歳の誕生日を迎える時にもらった大切な友達だった。

「優理お誕生日おめでとう」
 いつものように院長室で一人本を読んでいた優理のところに、なにやら大きな荷物を持った院長がやってきた。
「あ、院長お帰りなさい!全然来ないから忘れちゃったのかと思ったよ!」
 読んでいた本を放り投げて院長の足下へと駆けつける。
「ごめんごめん、実はね誕生日プレゼントを探していたんだよ」
そう言うと手に持っていた大きな荷物を優理に近づけた。
優理も鼻を膨らませながら「なに!なに!」と興奮する。
「ちょっとまってな」と机の上にその大きな荷物を置き、袋から取り出す。
 袋から出てきたのは優理の顔くらいの大きさの鉢と黄色い花だった。
「綺麗・・・」と優理は言葉を漏らす。
 その花は手の平に似た形の優しい緑色のした葉っぱを数枚つけ、根元からしっかりと生えた細長い茎の先に、3重くらいの花弁の層でできた丸い花冠をした花だった。
「この花の名前は『ガーベラ』と言ってな、優理にぴったりの花だと思ってプレゼントにしたんだよ」
「僕にぴったり?」
「優理は花言葉って知っているかい?」
「はなことば・・・知らない、何それ?」
「花言葉っていうのは、その花が持つ意味のことだよ」
「花に意味?どういうこと??」
 余計に分からなくなってしまったのか首をかしげ、指で唇を触る。
「例えば赤い薔薇の花には『貴方を愛しています』っていう意味があって、それを渡すことで好きですって気持ちを伝えることもできるんだ」
「へ~、でもなんで直接好きって言わないで薔薇の花で好きですって伝えるの?」
「そ、それはだな・・・・・・ロマンティックだからかな!」
 直球だが変化球な質問に困って頭を悩ませた結果、ロマンティックという言葉に頼った院長。それに対してもちろん優理は「ロマンティックって何?」と聞くのだが、「ロマンティックはロマンティックだよ」と押し切る。(これが大人って奴だ)
「そのうち優理にも分かるさ」
納得はいかないがとりあえず頷き、興味は花に戻る。
「じゃあこのガーベラって花にも花言葉があって、それが僕にぴったりってことなんだね」
「そうだよ、花言葉については今度調べてみるといい」
「えー、知ってるなら教えてよーー」
 勿体ぶる院長に口を尖らせる優理。
「ここで聞いちゃうより自分で調べて知った方が愛着が沸くだろ?それよりこの花に名前をつけてあげようよ」
「名前か・・・そうだね!」
 子供の切り替えの早さは凄まじいなと感心する院長をよそに優理は花の名前を考える。
「えーっと、ガーベラだから・・・ベラ!ベラちゃんにする!」
 あっという間に決まった!
 花の名前をそのまま借りるというよくある名前の付け方で『ベラ』と名付けられたこの花は、院長の墓に添えられる時までの間毎日欠かさず優理が世話し続けた大切な友達1号だった。
 
 今日も優理は6時半よりも前に目を覚まし、洗面所で汲んだ水を『ベル』にあげるのだが、その表情は遠足前日の小学生のように、いつもより明るく楽しそうにしている。
 なぜかというと、今日は一月に一回の外出日なのだ。
 基本的にここの孤児院では、院外への外出が許されておらず、子供達は院内でのみ自由を許されているのだが、外出日だけは院外への外出が許される。
 午前中の軽いオリエンテーションが終わってから夕食が始まる30分前までの時間、子供達は各々自由にこの外出時間を楽しむ。大勢で近隣にある海へ海水浴や潮干狩りに行く者もいれば、普段できないゲームをするためにゲームセンターへ行く者もいる。
 オリエンテーションが終わると同時に優理は教室を一番に飛び出して、院の門を自分の自転車に乗りながら颯爽と走り抜ける。
 この自転車は優理が自信のお小遣いを使わずに貯め続けて買った優理だけの自転車である。
 買った当初は周りの子達からも貸してとなんども言われたが全て断っていた。他の子達は毎月のお小遣いをこの日にゲームやらなんやらに使っていて、その度に自分はうらやましいと思うのを我慢してようやく買えたのだから当然のことだ。
 風を切る心地よさを身体で感じながら自転車を漕ぎ続けていた優理だったが急にブレーキを踏んでとまった。
 優理の目に止まったのはいつもの光景だったが、異常な光景でもあった。
真っ黒で長く伸びきった髪をした歳にして16歳くらいの青年が、3人の男達―彼らも同じ歳頃っぽいーに遊ばれていた。
 決して遊んでいる訳ではないのだが、華族にとってキバミは遊び道具といってもかごんではないのだ。
「やめてくれ・・・」
 惨めな青年がぼそっと奴等に言う。
「やめてくれじゃなくて、辞めてくださいませ・・・だろっ!」
 黒い塊が腹を抱えてその場に屈み込む。
「や、めて・・・くださ・・い・・・・・」
「今日も妹ちゃんのお見舞い?この道はお前みたいなキバミが通って良い場所じゃないんだって何回言えばわかるんだよっ」
 黒い塊から肌が見える。
「お前、よくこんな奴の髪触れるな笑 腐っちゃうぞー」
「やっべ、ついこいつの泣きっ面を見たくてよ」
「もうこの道使うんじゃねーぞ」
 3人はぎゃはぎゃは笑いながらその場を後にした。
「グゾォ・・・ゼッテえいつか、イツカ・・・・」
 その闇の塊を見て優理はペダルに足をかけ直した。
 触らぬ神にたたりなし。
あの場に自分が助けに出ても何もできやしなかっただろうし、かといって八つ当たりされるのもごめんだ。なによりいつもの通常で異常な光景にすぎないのだから・・・。
それから漕ぎ続けること35分、優理は海の見える丘に堂々と構えているレンガ造りの建物にたどり着いた。自転車を買う前は走ってここまで1時間以上かけていたのだから、自転車は優理にとって何を我慢してでも買うべき物であったに違いは無いだろう。
 自転車を全力で漕いだからなのか、それともこの日を待ちに待ったワクワクからなのか、どっちか分かららなくなるほど高鳴る鼓動を抑えることもできずに優理は大きなレンガ造りの建物の重い扉を押し開ける。
 ギィイと物を引きずるような音が館内に響きわたると同時に、鼻につくちょっとさびたようなほこりっぽいにおい。それを荒い呼吸を整えるために精一杯鼻から吸い込んで優理は安心と興奮を同時に味わう。
 そこには周りを見渡す限り270度に広がる本棚とびっしりと詰まった本が、ほんのり明るいレトロな照明に照らされて置かれていた。
 優理が貴重な外出日に一生懸命自転車を漕いでやってきたこの場所は、図書館であった。
 優理が図書館に入ると、すぐにそれに気づいたカウンターに座っているおじいちゃんが、
 「よぉ~優理ちゃん、いらっしゃい。そろそろ来る頃だと思っていたよ、はい、お茶。」
 そう言いながらカウンターに凍りのはいった冷たいお茶を置いた。
 そのお茶を、まだバクバクしている心臓で声のならない状態の体にぐいっと流し入れる。
 一瞬冷たくて体がキュッとなったあとに優理がため込んでた物を一気に放出するかのように言う。
 「こんにちはロムじい!お茶ありがとう。ねぇ聞いて!あのね、前におすすめしてもらったネズミの三騎士のやつ、凄く面白かったよ!もう10回以上は読んじゃった。こうこうこういうところがおもしろかったんだ!とたくさんしゃべる 今日のおすすめは?」
 「今日のお勧めは、【黒竜と七つの光】と【あのドラゴンは今どこに?】の二冊じゃ。」
 「どっちもドラゴンが出てくるんだね、どんな話なの?」
 「一つ目は七人の光の戦士達が、世界を滅ぼそうとしている黒いドラゴンをやっつける話で、二冊目はその黒いドラゴンについての話じゃ。別々のストーリーじゃが、二冊とも読むことによって完成するといってもよい作品じゃ。今日も一冊読んでいくのかい?」
 「そうしたいのはやまやまなんだけど、今日はちょっと他に用事があってあんまり長くはいられないんだ。だからその二冊は決まりで、他の探してくるよ!」
「そうかいそうかい、いいのが見つかるといいね」
 「ロムじい、はしご使うー」
 「はいよ、落っこちないように気を付けるのじゃぞー」
 ロムじいの注意をちゃんと聞かずして2階へと駆け上がる優理。
 この図書館は2階建てで構成されていて、2階にある本棚は天井近くまでの高さがあり、大人でもはしごに乗らないと届かないほどの高さだ。
優理はこの図書館に通い続けているが、2階はおろか1階の本も読み終わっていない。そのくらいたくさんの本があるのだが、優理が2階にこだわるのは、そこに冒険物のファンタジーの本が置いてあるからだ。
2時間くらい本を漁って大体の目星を付けてから、再びロムじいのところに行き、その本のタイトルを伝えてから、優理は次の用事のために図書館を出た。
図書館で本を借りることも可能なのだが、孤児院からの外出日は月に1度のこともあって、返すのにはしばらく時間がかかってしまう。そのためやむを得なくその場では持って帰らず、本のタイトルだけを伝えるのだ。
その本が孤児院にやってくるか否かはおばさん次第で、優理の伝えた本をおばさんが経費で買ってくるのだ。
優理が特に読みたい本には赤い星マークが、次に黄色で星マークがついている。
おばさんはこれを見ながら、できるだけ優理が欲しい本を買えるように、街の本屋で探すのであった。
図書館を後にした優理が向かったのはお花屋さんである。
そこで優理は土と肥料を買った。
新しい年度が始まり、季節的にも段々と温かくなってくるので、『ベラ』にも気分転換が必要だろうと考えていたのだ。
喜んでくれるかなと肥料と土を大事そうに鞄にしまい時間を確認すると、まだ夕食の時間には余裕があった。だから優理はここから一番近い夕日の見られる丘まで自転車を走らせた。
丘に着く頃には丁度太陽が水平線にさしかかるところで、その光が海の水に反射してきらきらと輝いていた。
優理にとってこの景色は、まるでファンタジーの世界のように色鮮やかな美しいもの感じられた。
その自然の生み出す美しい姿に思わず見とれてしまい、しばらく見つめていた優理だったが、ふと後ろを振り返ってみると、そこには華族達の住む灰色の世界が広がっていた。
彼らは己の自由と欲のためにキバミを奴隷のように扱うだけでなく、この美しい自然を壊し、奪っていく。この魅力に気づくことも無く・・・。
「なんて醜く汚い世界」
人間は遙か昔は自然との共存を図ってきていたというのに、今となってはそんな問題すら考えることも無く、ただ私利私欲と便利さを追い求めるようになってしまった。
もちろん文明は進化し素晴らしい世界だという人も居るかもしれない。
でもその反面自然は、地球は、そして僕らのようにはぶられたキバミは・・・。
「どうして僕は、空を優雅に飛ぶ鳥に、水の中を自由に泳ぎ回る魚に、なれなかったのだろう。深い緑の葉を付ける木や色とりどりの花になれなかったのだろう。どうして、人間に生まれてしまったのだろう・・・」
決して生活ができないほど苦しいわけでもつらいわけでも無い、上を見なければ別に不自由だと感じることもない。しかし正確にはそう感じさせてもらえているだけなのかもしれないことも優理は知っていた。
孤児院を出たあとのキバミは華族の奴隷。
そんな未来。
あぁ、いっそ・・・。
「いっそこんな世界が無くなってしまえばいいのに」
そう口にした瞬間だった!
ズドドドドドオォォォン
すさまじい音とともに天地が轟き、一瞬にして空が黒い雲に覆われた。
地面の揺れが激しく立っていられない。
海はうねるような波をあげ、木々は揺らぎ、鳥たちは慌てて方向を間違えぶつかり合う。
「なに!どうしたの!?」
急な出来事に動揺する優理。
町中の華族の人々も、孤児院の子供達やおばさん、キバミ達もみんなが慌てふためく。
高度な文明の建物や設備も倒壊し電磁波を放ち、電気の帯を巻き始める。
至る所で火の手が上がり、火の海へと化す。
誰もが自分の身を守るので精一杯なため、目の前でうめき声をあげ助けを求める人さえも目に入らない。
全てのことが一瞬過ぎて手も足もでない状態だった。
そんな誰もが必死な時に、優理は落ち着きを取り戻していた。
いや、取り戻したのではない、正確に言えば心を奪われていたのだ。
 そんな優理が心奪われるほどに見入ってしまうものが、海のちょうど真ん中当たりにあった。それは・・・。

 一直線に輝く七色の光

 暗く覆われた世界で、今まで誰も見たこと無いようなキラキラと七色に輝く景色。
その光の線は螺旋状に渦を巻きながら天へと続き昇っていくように見える。
まるで、この世の全ての輝きを吸い尽くしているかのように。

 しかしそれは”ように”ではなく事実だった。
 空の青や海の青
森や草木の緑
燃えるような炎の赤
太陽のような温かい橙と黄
色鮮やかな花や果実、生き物達の色
 その光の渦はこの世界から自然(カラー)を奪っていっていた。

優理はそうとも知らず、ただただその美しい景色に言葉もでない感動をおぼえていた。
 光の渦が最後の自然(カラー)を吸いきるかのように、フッと天へと消えていったのと同時に、天変地異が止まり、そこから何か輝く物が、乾ききった元は海だった地に落ちていった。
 優理は何を考えるわけでもなく、その輝く何かの元へと走り出していた。
 そしてしばらく走った後、ついにその輝く何かを優理は見つけた。
 それはまるで涙の雫のような形をした、手で握ったら隠れてしまう位の大きさの、七色に光る宝石だった。
 優理がその宝石を拾い、手にした瞬間にどこからともなく声が聞こえた。

「七つのティアの頂点に立つ、虹色のティアに選ばれし少年よ、我の声が聞こえるか」
優理は驚き、周りを見渡したが誰も居ない。どうやらその声はこの宝石から聞こえているみたいだ。
「あんた、一体誰だ?」
「聞こえているようだな」
「質問に答えろ」
「その必要は無いが、強いて言うならば神だ」
 その声の主は神と名乗った。普通の人ならばきっと相手にしないであろうそのセリフを聞いて、優理はなぜか胸の奥が熱くなる。
 神は続けて言う。
「虹色のティアに選ばれし少年よ、今、世界では自然(カラー)が失われた。もしこの世界に自然(カラー)を取り戻したければ、汝と同じくしてティアに選ばれた者と共に楽園(オアシズ)を目指し、そこで聖杯に祈りを捧げよ・・・」
「自然(カラー)が、失なわれた・・・。それよりティアに選ばれし者とか聖杯とかどういうことだよ!」
 やや興奮気味に強い口調で神に聞き返すも、神からの返答はなかった。
 頭の中では何一つ理解できていないが、一つだけ感覚で感じるものがある。それは、もしかしたらこれが自分の待ち望んでいた世界、ファンタジーの世界なのかもしれないということだ。
 これが夢なのか現実なのか分からないが、もしこれが現実なのであれば、今までの退屈だった毎日や腐敗した世界から解放されるのかもしれない。今まで空っぽだった自分に、もう一人の自分をあてがって変われるチャンスかもしれない。やや不謹慎かもしれないが優理はワクワクを感じずには居られなかった。
 そんな風にいろいろと考えていた優理の後ろから突然声がした。
「世界が変わるよ・・・」
 その透き通るような清廉な囁きと同時に世界は大変動を遂げて、今までの地形とは全く別物のまるで異世界のような大地へと変貌するのだが、彼の意識はここで途絶え、淡白い光の中へと薄れていくのであった。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
 
 

 
第二章 セピア世界

 遠のいていく意識の中、淡白い光の中で優理は不思議な夢を見ていた。
「君が、あの・・・」
「ティアに選ばれし者ってなんだか照れるねっ」
「精霊と力を共有することで・・・」
「みんなが安心して暮らすためには必要なんだ」
「これが僕らの王国」
「神の待つ楽園ってこの世界のどこにあるんだろう?」


「本当にこれが最後なんだな・・・」
「みんなで力を合わせれば奴もきっと倒せるよ!」
「そうしたら、やっと・・・」

「ねぇ!どうしてなの!?」
「辞めろ、やめてくれ!」
「その程度で世界を救う選ばれし者だなんて、笑わせてくれるわ!!」
「さ・・・ら・・・また・・・」
「こんなの誰も望んでなんか居ないよ!」
「・・・『・・・』・・・・・・」

「君を待っているよ」