『I Won’t Come Back』冷たいロシアの荒野が舞台のガールズ・ロードムービー
MUBIで10月24日から配信が始まったロシア映画『I Won’t Come Back』が傑作ロードムービーだった。
物語は孤児院を旅立つ若者たちを送り出すセレモニーから始まる。主人公の若い娘 アーニャは成績優秀者として院長から表彰される。式典が終わり場面は一転。アーニャは大学の講堂で学生を前にして教鞭をとっている。大学院生になった彼女は教授の助手という立場で重用されている。授業が終わり講堂にはアーニャと教授だけ。ドアに鍵をかけキスを始める。事に及ぼうと服を脱ぎかけたその時、教授の電話が鳴り妻からの呼び出しを食らう。教授は不満げなアーニャを残し大学の外で待つ妻の元へ向かう。
職場の同僚にたしなめられながらもアーニャは自宅のあるアパートへ帰る。すると突然ドアを激しくノックする音。恐る恐るドアを開けると孤児院で共に育った若い男がなだれ込んでくる。「頼むからこれを預かってくれ。俺たち仲間だろ」手渡されたのは違法薬物。彼女はは断りきれずそれを受け取ってしまう。男を送り出したアーニャはヘッドホンをつけてパソコン作業を始める。カメラは彼女の向こうに見える窓から階下の様子を映し出す。そこにはパトカーに急襲されて連行される男の姿が映っていた。もちろんアーニャに騒ぎは聞こえていない。
作業を終えて外出したアーニャは階段を登ってきた警察官に呼び止められる。自室を捜索されてモノが出てきてしまえば、どれだけ言い訳しても聞き入れてもらえない。せっかく手に入れた大学での立場、不倫相手との関係を失いたくない。その思いがとっさの判断で窓から逃げ出す行動へと繋がっていく。
アーニャは荷物すべてをコインロッカーに預け、中学生のような服装に身を包み見知らぬ孤児院へと潜り込む。年齢と名前を偽りさえすれば、そこはかつて自分が暮らしていたのと同じような環境。ほとぼりが冷めるまで身を潜めようというのだ。アーニャはそこで上級生からいじめられる少女 クリスティーンと出会う。最初は知らぬ存ぜぬで通していたが、集団いじめの現場に遭遇しアーニャはクリスティーンをいじめている相手に手を出してしまう。すぐさま指導員に懲罰房のような個室に押し込められる二人。そこでクリスティーンは「犬が通る抜け穴を使えば外へ逃げられる」と語る。その直後、アーニャが偽名を使っていることが孤児院にバレてしまい、彼女はクリスティーンの手ほどきで外へ脱出する。
もちろんアーニャはひとりで逃げるつもりだったが、クリスティーンは離れようとしない。「私のおばあちゃんが住んでいるカザフスタンへ一緒に行って欲しい」というクリスティーンを何度も振り切ろうとするが、幼い女の子を街に放り出すわけにもいかない。こうしてアーニャとクリスティーンの波乱万丈のヒッチハイク旅が始まるのだった。
年齢の離れた二人のシスターフッド映画。寒さが骨まで染み入りそうなロシアを旅するロードムービー。この作品は様々な角度で解釈できるだろう。とりわけ印象的なのはまだ小学生ぐらいの年齢のクリスティーンが、時にストリートワイズ的にたくましく、時にまだ幼い少女として情緒不安定に振る舞うところ。アーニャはアーニャで残してきた不倫相手への感情を振り切れずにいる。お互いの思惑が衝突して喧嘩別れになりそうになる場面が何度もやってくるが、暗く冷たいロシアの冬にひとり女の子を残していけない。何度も感情が振り回された挙げ句に二人は固い絆で結ばれる。
凸凹コンビがたくましくロシアの冬を生き抜いていく映画だと途中まで信じていたのだが、あまりにもあっけなく二人の旅は終わりを迎える。この悲劇的な展開はちょっと予想外だった。もちろんそこから続く物語があるからこそ『I Won’t Come Back』というタイトルが生きてくるので、必然といえばそうなのだろうけど。
クロエ・ジャオの映し出すアメリカの荒野よりも、本作の冷たい雨が降り注ぎ白い雪で覆われたロシアの荒野のほうが、何十倍も何百倍も絶望的で静寂しかない。その圧倒的な冷たさが、旅路の果てに待ち受けるカザフスタンの命の息吹があふれる景色を引き立たせていた。
●作品情報 英題『I Won’t Come Back』 原題『Ya ne vernus』
監督:Ilmar Raag, Dmitry Sheleg 製作国:ロシア・ベラルーシ 2014年
▼予告編は”YouTubeで見る”を選ぶと再生可能です
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