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『漫画誕生』日本近代漫画の祖をイッセー尾形が演じる伝記映画

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イッセー尾形が演じる主人公の名は北沢楽天。時は太平洋戦争真っ只中の1943年。彼は「漫画奉公会」を立ち上げ国策に協力しようとする。ある日、内務省に呼び出された北沢は薄暗い小さな部屋に通される。彼を迎えたのは世の中に出回る漫画を取り締まる検閲官。第一人者の北澤楽天に明治から始まる風刺漫画の歴史を教えてもらおうというのだ。

西洋の新聞に掲載されていた風刺絵との出会い、福沢諭吉に招かれて始めた新聞連載、腕を見込まれて依頼された月刊誌の連載。北沢はめきめきと画力とセンスを磨き漫画界で不動の地位を築く。後に有名になる弟子たちを抱えて仕事に明け暮れる一方で、宮武外骨との出会いからも大きな刺激を受ける。

一通りの半生がドラマで描かれた後、舞台は再び小さな部屋へ。検閲官は「紙不足で漫画など…」とその価値を貶めるような発言をするが北沢は食い下がる。風刺とは、漫画とは、漫画家とは。熱く語る北沢の姿に検閲官は紙と鉛筆を差し出し、「どうか今ここであなたの漫画を書いて欲しい」と願い出る。第一線を退いた北澤は一体どんな漫画を描くのか。彼が本当に描きたかった漫画とはなんだったのか。映画はクライマックスへと向かう。

明治・大正・昭和とそれぞれ異なる特徴がある時代を物語にしようとすると、セットや美術をどこまで作り込むのかが大きな課題となるだろう。登場人物の背景を細かく描けば描くほどリアルになるというわけでもない。適度な余白があるからこそ想像力が掻き立てられて臨場感が生まれることもある。この作品はある意味で余白を多く取ることで、時代の空気を想像させている。当時の日本の街並みがドーンと映し出すような派手さはない。屋内・屋外に関わらずとてもコンパクトな構図が集まって一つの映画を成している。その点では非常に漫画的な表現とも言えるだろう。

イッセー尾形の深みのある演技はもちろんのこと、その妻を演じた篠原ともえの穏やかな演技も目を引く。特に北沢夫妻の欧州旅行を寸劇テイストで演じてみせるシーン。昭和モガスタイルの衣装に身を包んだ彼女の姿は必見だ。かなり重要な役どころでさらば青春の光の二人も登場している。あまりにも自然な演技だったので最初は演劇畑の見慣れない俳優かと思ったほどだ。“コント師ならでは”という表現は失礼かもしれないが、今後も映画やドラマに引っ張りだこになる予感がする。

映画のラストは戦後。北沢楽天が街角で買った漫画を楽しそうに読みながら散歩するシーンで終幕となる。その手に握られている漫画の作者は一体誰なのか。日本に漫画の生みの親から漫画の神様へとつながる美しいバトンパスが印象的だった。

●作品情報 監督:大木萠 公開年:2019年 上映時間:1時間58分


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