『バケモン』噺家・笑福亭鶴瓶の17年を追った傑作ドキュメンタリー
鶴瓶師匠と言えばテレビやラジオのレギュラー番組を各地に抱えている売れっ子タレント。その舞台裏を覗けるのかと思いきや期待は裏切られた。メディア出演の様子は一切出てこない。では彼の何を撮っているのか?
カメラが追いかけているのはタレントではなく噺家・笑福亭鶴瓶の素顔だ。彼が本格的に自分の落語会を始めた頃、テレビ朝日で放送されていたスマステーションに出演した時のことを覚えている。司会の香取慎吾が意地悪な笑顔で「鶴瓶さんって落語家なんですか?」とイジり倒していた。当時はテレビ的なお約束だと思っていたのだが、彼の落語回帰はかなり大きな出来事だったことは弟子の笑福亭銀瓶著『師弟』の中でも明らかにされている。
各界の著名人だけでなく同級生・出待ちのファン・道で出会った見知らぬ人に至るまでわけ隔てなく接する。そして偶然生まれた嘘みたいな話を小さなメモに記録する。蓄積された膨大なエピソードが鶴瓶噺のネタに、ひいては古典落語の中にも取り込んでいく。立川志の輔はその驚異的な記憶力が舌を巻き、タモリは落語と素話を両立させる稀有な芸人と評する。
これだけだと鶴瓶を主人公にした長尺の情熱大陸の感も否めない。しかし彼を追っていたカメラは次第に鶴瓶が取り組む「らくだ」という演目そのもののルーツに迫っていく。死体を担いでカンカン踊り踊らせるなど一見すると不謹慎極まりない物語。登場人物の出入りが多く演出が難しいネタとして知られている。この不思議な内容は一体どのように成立したのか。ルーツを知らない鶴瓶の代わりに取材班が全国各地を訪ねる。そして最後に明らかになる「らくだ」の秘密。
コロナ禍の真っ只中で「らくだ」に取り組む鶴瓶のこだわりが、本人さえ知らないは「らくだ」が成立した時代背景とシンクロしていく。数々の意味ある偶然を引き寄せてきた噺家は、歴史さえもたぐりよせて自分の物としていく。
バケモンとは誰なのか。それはらくだであり、桂文吾であり、笑福亭鶴瓶である。そのバケモンがこれからどんな変容を見せるのか。噺家・笑福亭鶴瓶の進化から目が離せない。
●作品情報 監督:山根真吾 上映時間:120分
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