見出し画像

ENHYPEN〜「媒体」としてのアイドル

K-POPが日本のカルチャーに根付いた2020年

2020年は、どんな年だっただろうか———。
日韓の文脈に目を落とせば、そこにあったのは大きな「矛盾」だったのではないかと思う。思い返せばこの5年間、日韓関係は冷却の一途を辿った。一度は慰安婦問題の2015年合意で融和の兆しも見えたが、朴槿恵の弾劾とともに泡と消え、韓国内外各地に慰安婦像が建てられるなど問題は深刻化。加えて2018年にはいわゆる元徴用工への賠償に関わる判決が韓国大法院にて下され、反発する日本との間で溝は深まるばかりであった。2020年は政治的な意味で日韓関係が過去最悪まで冷え込んだ年だったと言える。

一方、文化においては政治とは対照的に、2010年代前半のブームを超えるK-POP人気に火がつき、今やいわゆる「オタク」のみならず人口に膾炙している。BTSが世界を席巻し、欧米においてアジア人のイメージを一新したことは快挙であるが、日本におけるK-POPブームの中心にいるのは日本人メンバーの存在だったように思う。サナ、モモ、ミナの日本人メンバー3人を擁するTWICE(トゥワイス)は2017年に日本での活動を本格化させ、この年の12月にはNHK紅白歌合戦に出演。日本でのK-POPブーム再燃のガソリンのような存在であったことは明らかだ。翌年2018年には韓国の大手ケーブルテレビMnetが日本のAKB28グループとタッグを組んでオーディション番組「Produce48」を放送。大きな反響を集めながら、選抜された12人はIZ*ONE(アイズワン)としてデビュー。メンバーの中にはHKT48宮脇咲良、矢吹奈子、AKB48本田仁美がいる。日本人メンバーへの共感を通し、K-POPの人気拡大は続いた。そして、2020年は日本でのK-POPの受容において変化のあった年でもあった。朝の報道番組で連日放送された韓国芸能事務所大手JYP Entertainmentとソニーミュージックの共同オーディション「Nizi Project」を通じ、JYPからデビューしたNiziU(ニジュー:上動画)は大ヒットを記録。まさしく、国民的アイドルとなった。一韓国事務所のプロデューサーが、日本のお茶の間でこれほど知られる時代になることを誰が予想しただろうか。文化・エンターテイメントの視点から見た2020年の日韓は政治の冷え込みとは裏腹に、K-POPが単なるブームではなく日本のカルチャーに定着した重要な年とも言える。そんな中、今回注目したいのは昨年11月30日EP"BORDER: DAY ONE"でデビューしたENHYPEN(エンハイプン)だ。

BTSを生んだBig Hitの多才な精鋭"ENHYPEN"

画像1

ENHYPENは、Mnetによって約20億円の予算を組んで制作された次世代K-POPアーティストオーディション番組「I-LAND」を勝ち抜いた7人組のアイドルグループ。所属はBELIFT LAB。防弾少年団(BTS)を生み出した大手芸能事務所Big Hit Entertainmentと複合企業CJ EMNの合弁事業として立ち上げられた企業だ。メンバーはジョンウォン、ヒスン、ソンフン、ジェイ、ジェイク、ソヌ、ニキの7人だ。元フィギュアスケート選手でアジアフィギュア杯のジュニアクラスで、準優勝をした経験もあるソンフンや元テコンドー選手のジョンウォンなど、実力者が揃う。中でも面白い経歴の持ち主なのがマンネ(最年少)で、唯一の日本人メンバー・ニキ(下写真)。マイケル・ジャクソンに憧れ、幼少からダンスに親しみ、「リキ・ジャクソン」(リキは本名による)として活動。フジテレビ「27時間テレビ」内の企画に岡山県代表として出演し、姉とともにマイケル・ジャクソンのカバーダンスを披露した経験もある。独学のマイケル・ジャクソンカバーダンスからスタートし、ダンススタジオで経験を積んだ後、2016年には東京スカパラダイスオーケストラのライブに出演。17年には韓国大手SM Entertainment所属の男性アイドルグループSHINeeのキッズダンサーを務めた。ENHYPENは、まさに多才・多彩な精鋭である

画像2

美しい「媒体」としてのアイドル

昨年11月30日、ENHYPENはタイトル曲に"Given-Taken"を擁するEP"BORDER: DAY ONE"(ページ最下にApple Music,Spotifyのリンクあり)で、デビューを果たした。このデビューアルバムは極めてコンセプチュアルで、ミステリアスな印象を抱かせる洗練された音楽性を示す作品だ。タイトル曲"Given-Taken"は、ダークなヒップホップ。イントロからノスタルジックなハープのフレーズが繰り返され、サビではパワフルな印象を与える。歌詞は極めて観念的で、印象的なのは「光」。太陽、月、星といった光にまつわるフレーズが多く見られる。また、「白い八重歯」「血」といった、身体性にかかわる語彙も不可解さを際立たせる。物語のようでありながら、どの語彙もパズルのようにハマることはなく音源のダークな印象を深めている。さらに、音楽に加えMVも楽曲のイメージに合ったミステリアスでダークな仕上がり。

薄暗く蒼白い要塞に佇む少年たちの姿は、カズオ・イシグロの小説『わたしを離さないで』に描かれた、臓器提供を待つ子どもたちのような畏怖や不気味さを感じさせる。象徴的に映し出される血や、逃げ出そうともがく少年。薬を飲み苦しむ姿。古い西洋の病室のような空間。列をなして身体検査を受ける姿。ぬいぐるみを抱くティピカルな少年の描写は、まるで彼らが永遠に少年であるかのように思わせる。アルバムから引用される"Outro: Cross the Line"の少年合唱のような旋律は、MVと相まってるミステリアスさをより一層引き立てる。

画像3

画像4

画像5

画像6

画像7

"Given-Taken"というダークで繊細な楽曲をタイトルに擁したことに対しては、ファンからの批判もあった。新人グループは明るくキャッチーな楽曲で華々しいデビューを期待されるのが常であり、彼らのデビュー曲がこうした期待から逸しているのは明らかだ。しかし、この記事を通して私が訴えたいのは、ENHYPENの魅力は洗練された「媒体」としての力にあるのではないかという見方だ。アイドルとは「偶像」を意味する。ENHYPENの"Given-Takenにおけるパフォーマンスは確かにメンバーのダンススキルや風貌、イメージに見合ったものであるが、一方でそれらを「活かす」というよりはむしろ「没個性的」に映るのではないだろうか。"Given-Taken"は、ダークなイメージの楽曲に歌詞の難解さも相まって表情の変化などに幅のある楽曲とは言えない。ある種、この楽曲におけるENHYPENの役割は楽曲やグループのコンセプトを伝えるための「媒体(medium)」なのではないだろうか。この没個性的なアイドルのあり方は旧来的で、BTSのような主体性によってムーヴメントを起こすアイドル像とはまったくもって対をなすものと見ていい。媒体としてのアイドル、それはまさしく偶像たる所以であり、その儚さに私は言い表しようのない魅力を感じる。そして、「媒体」という役目は洗練された7人だからこそなしうるのである。

画像8

画像9

画像10

他方、デビューアルバムはタイトル曲のイメージとは異なるパフォーマンスの幅も見せる。レゲエやヒップホップの要素のある"Let Me In(20 CUBE)"は軽快なリズムで、大衆的なイメージ。MV(下動画)は芸術的でありながら、アイドルらしい愛嬌やポップさ、コミカルさも兼ね備える。"10 Months"は、キュートでいかにもアイドルらしい楽曲。作品性に裏付けられ、コンセプトの明確な、洗練されたアイドル像。そして、個性の生きた大衆的な楽曲までこなす振り幅のあるアルバムは、初期のEXO(エクソ)を思い出させる。その意味では、K-POP古参にとっても味わい深いグループだろう。アルバムの構成は、BTSを踏襲したIntroで始まり、Outroで終わる全体としての作品性を重視した形態だ。BTSとENHYPENの間に唯一Big HitからデビューしているTOMORROW X TOGETHER(トゥモローバイトゥギャザー)は、比較的大衆性を意識していて、Intro-Outro構成になっていない点を踏まえると、なおさらENHYPENが全体としての作品性に力を入れていることが鮮明になる。なお、TXTの楽曲は歌詞が文学的なところがあり、昨年の楽曲"Blue Hour"は「日の出と日の入りの前に空が濃い青色に染まる時間」を指す。"Blue Hour"は、近年世界でリバイバルの最中にある日本のシティポップの影響を過分に受けた楽曲であるだけでなく、それをK-POPらしいアレンジで再構築した名曲なので併せて聴いてほしい。Big Hitという事務所は、今でこそM&AによってGFriend、Seventeenなど名だたるK-POPアイドルが所属し、大所帯となっているが、事務所としての成功経験に乏しい側面がある。というのも、彼らが自ら成功に導いたのは今のところBTS、ただ一例のみだからだ。したがって、韓国3大芸能事務所に対し破竹の勢いでありながら、TXTやENHYPENにおいても守りに入った活動ではなく、むしろ挑戦の連続である。
グループ名の"ENHYPEN"は、連結記号「ハイフン」のように、異なる7人の少年たちが「つながって」、お互いを見つけともに成長するという意味。進化するENHYPENから目が離せない。

画像11


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?