転出、移住で変わる街 震災後の縁 地域の力 岡部薬局専務 岡部栄二さん
石巻市渡波町にある㈲岡部薬局で専務取締役を務める岡部栄二さん。同社は医薬品や化粧品ほか、書籍販売も行っている。東日本大震災からもうすぐ11年となり、住み続けながら変化する渡波地区を見つめてきた。
津波の被害で多くの人が転出し、元々の商店街も姿を消した。しかし、その中でも「人とのつながりは強く感じる」と岡部さん。ボランティアなど支援の手が注がれ、やがて定住する人も。震災後に生まれた縁が、地域を動かす力にもなっているという。
あの日、岡部さんは万石浦中学校に通う長男の卒業式に出席した後、仕事に戻ろうとしたとき大きな揺れに襲われた。渡波町の店舗に戻ると、倉庫の中に入っていた書籍など荷物が激しく散乱していた。「昔、親からチリ地震津波の話を聞き、この辺りは膝ぐらいまでの浸水だった。津波に対してはその程度の認識しかなかった」と振り返る。
懸命に店の片付けをしていた時、道路から見える黒い波がどんどん迫ってきた。すぐ津波と気づき、店の裏手にあった実家の2階に家族で避難。幸い浸水は1階部分にとどまったが、そこから動けない状況に。夜になるとヘリコプターの音が聞こえ、車が流されていくのも見えた。
夜が明けると水位は足首程度まで下がっていた。店は流されずに残ったが、小学校などへの納品を待つ多数の教科書類は全て水に浸かっていた。避難して無事だった兄の岡部栄穂社長も合流し、まずは店内の片付けから始めた。
避難所となっていた万石浦中では、食糧配給も手伝った。避難者は日に日に増え、ピークでは2千人分の物資を振り分ける作業に追われた。
電気や水道が復旧し始めたころから仕事再開に舵を切った。「自力で復旧作業に汗を流す日々だった」と回想した。塩富町にあった自宅は半年以上、修繕できずにほったらかしだったという。
震災後、渡波地区は転出などで人が減った。「商店街も病院もない地域になり、置いてきぼりになっている感覚がある」と複雑な表情を浮かべる。それでも多くの人が支援の手を伸ばし、移住した人たちもいた。
そこから、海岸清掃を行う「海さくら」の活動や、地域を切り取った写真集の編集など新たな交流が生まれ、さまざまな人たちが地域でつながった。岡部さんは「これはお金では買えないもの」と支えてくれた人たちに感謝を込める。
岡部薬局が経営する書店は、石巻市で俗に言う〝橋向こう〟で唯一の本屋。「地域に文化を残していくのも大切なこと。子どもたちが楽しく暮らせる地域にするため、活動を続けられれば」と自らを鼓舞。趣味で音楽活動もしており、文化芸術の大切さも痛感している。
変わり続ける地域で今、何ができるか。岡部さんは模索しながら前に進む。【渡邊裕紀】