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おばけくずのなかには
おばけ葛に覆われた竹藪に、穴が空いている。
小動物が抜けられるくらいの大きさだ。以前からあるけれど、ここのところ、穴の形がはっきりしている。誰かが頻繁に通っているのかもしれない。藪全体の奥行きは1,2mあるかないか。幅も4mくらい。たいした規模じゃないけれど、なかに潜めば、姿は見えなくなるだろう。
2020年4月。最初の緊急事態宣言が出たとき、ここにねこが潜んでいた。
白くて、胴にすこしだけ灰色の部分のあるねこが、わたしたちの畑に行く通路を、せわしく行き来している。どこから来て、どこへ行くのか。行き先は、どうやら家の前の車道を渡って、むかいの資材置き場のよう。でも、どこからやってくるのか、よくわからない。
穴のある藪の前にはコンポスト。その隣から畑がはじまるのだが、畑にねこの形跡はない。ある日、白い前足が穴からそろっとでてきた。
あそこにいたんだ!
興奮するこちらの気配をさとったのか、ねこはまた藪に潜ってしまう。
それから1週間ほど経った頃。
みゃおー。みゃおー。
昨日から、話しかけるようななだめるような鳴き声が続いている。
お昼前、ふと見ると、コンポストの前にねこが、一匹。
いや、二匹。三匹。四匹もいる!
行き来していたのは、母ねこ。藪の中に子ねこもいたのだ。
こどもたちを引き連れて、お母さんは移動を試みているらしい。
でも、ぜんぜんはかどらない。くるくる周りじゃれあって、また穴に入る。遊んでばかりだ。わたしたちが出て行ったら、お母さんの苦労は水の泡。せっかく一日がかりで誘い出したのに。
おびやかしてはわるいと思うと、コンポストにも行けず、野菜も採りにいけない。ほんとの自宅待機だ。まあ、夕方にはいなくなるだろう。
その日は、どうやらあきらめたらしく、また、翌朝誘い出しの声かけがはじまる。午後3時を過ぎるころ、ようやく穴から全員が出て、家の前の道路まで行き着いた。来ないときは、30分も車の通らない道とはいえ、子ねこはなかなか渡らない。
このままじゃ、夜になっちゃう!
とお母さんは思ったか思わないか。とうとう子ねこの首根っこをくわえ、ずるずる引きずって、お引っ越しを敢行した。
行く先は、向かいの資材置き場。お母さんねこが、この1週間ほど往復していた先だ。未舗装の敷地に砂埃をあげながら、お母さんねこは移動する。子ねこはだいぶ成長しているようで、くわえるには大きすぎるらしい。砂まみれ。痛そうだけど、そんなことにかまっちゃいられない。母ねこは決死の覚悟だ。
はじめの一匹を運び終え、コンテナの陰に隠す。
ここでじっとしてなさいよ。
とでも言いたげに目線を送り、ダッシュで引き返す。
次の子ねこ。
正直、全員は無理なんじゃないかと思った。そのくらい、引っ越しの距離がある。資材置き場の奥まで、数十メートルはあるのだ。
結局、三匹全員を運び終えた。
お母さん、えらい。
ずいぶんと前、まだ緊急事態宣言なんて、思ってもいない頃、大きなお腹を抱えたねこをコンテナのそばに見かけたこと思い出す。いつの間にか姿を見なくなっていたけれど、こちらに移動していたのだ。そして、出産をしたのだろう。
この騒動の数日前に、夫と隣の地主さんの双方で、草刈りをした。草刈り機のしゅいーん、ばりばりっという音。
藪に暮らすお母さんねこは、心底おののいたに違いない。前の家のほうが安全だ、と思い直し引っ越しをしたのだろう。安息の地をおびやかして、ごめんなさい。
2024年8月末の穴には、どうやらねこの親子はいない。
いるのは、鳥か。はたまたたぬきか。
今度はなにが出てくるんだろう。
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