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ビーチがない夏

「俺、大きくなってからビーチに行ってないわけ。ビーチがない夏、想像してみて? この気持ち、わかる?」

自宅のリビングでだらだらと過ごす日曜日、私たち夫婦は5歳児に詰め寄られていた。5歳児曰く、夏といえばビーチ。赤ちゃんのときには連れて行ってもらった記憶があるけれど、大きくなってからは外出もままならない夏を強要されていたし、そろそろ連れて行って欲しい。そんな主張である。

そもそも、こちとらビーチがない夏を受け入れられるというか、「海? 暑いし日焼けするしいいや」のテンションで生きてきたインドアな人間である。この子は、なんでそんなに海に行きたいんだろう。

「とにかく、夏はビーチでコーラが飲みたいんだよ。もう沖縄でいいから連れてって!」

5歳児はプリプリとキュートに怒りながら主張を続ける。妥協ラインが沖縄なのまじでなんなんだ、何様なんだ、どこのリゾートに行くつもりなんだ……と笑ってしまう。

するとまた「本気で言ってるんだから!」と怒られる。Netflixで海外ドラマ観まくっている5歳児は、たまに庶民とは思えない発言をする。なにより、吹き替え版みたいな喋り方! やれやれだよ。

「プールにでも行く?」と聞いたら「ちがうの。泳ぎたいんじゃなくて、ビーチでコーラを飲みたいの! 海は見たいだけなの!」とまた怒られた。

もしかして、この子が求めているのは、おしゃれな夏……? インスタで海沿いの観光地を検索したらTOPを占拠している水着ギャルインスタグラマーがやってるような絵を描いている……?

そういえば、3歳の時点でも彼は海のことを「ビーチ」と言っていた。なんだそれは、おしゃれだな。

2021年時点では外出自粛真っ只中だったし、「そのうちね」「大きくなったら行けるかもね」「まずは泳げるようにならないと」なんて濁していた。しかし5歳児はニュースも見ているし、モノの値段が高いこと、プーチンが怖いこと、だけど外出自粛の流れも止まって自由に海外に行けるようになったことくらいはなんとなくわかっている。

そういえば、夫が勤めていた会社を辞めて、私の会社に入ってきて丸1年が経った。夫婦同じ会社だし何よりも私がスケジュールを仕切るんだから、海外なんてペッと行けるんじゃないかと優雅に想像していたけれど、結局仕事を詰め込んでしまうし、為替レートも悪いしで一度も実現していない。せいぜいキャンプか、1〜2泊の出張に合わせて子どもを連れて行くくらいだった。

もちろん経済的な面もあるけれど、会社員時代にあんなにも「休みてぇ〜〜〜〜」と話していたのに。いつでも休める状況に置かれても、結局性分的に休むことはなかった。

来年、子どもが小学生になる。「学校を休ませて旅行に連れて行く親」に対しての風当たりの強さもあるし、そろそろ気軽に出かけられる期間が終わってしまうんじゃないか。今じゃないのか?

5歳児が「ビーチ」と言ったら、もう行き先はビーチである。できれば移動時間が短く、旅慣れていない夫でもスリの危険性が比較的低い、安全な場所に行きたい。子連れだと制約も多いがゆえに要件定義もスムーズで、あっという間に航空券を手配するところまで終わった。

さて。これから行程を決め、宿を取らなければいけない。改めて5歳児に「何がしたいの?」と詳しく聞いてみる。すると「飾りがついているジュースを飲んでみたい」「大きな傘の下で椅子(ビーチチェア)に寝っ転がりたい」「砂に体を埋めて遊びたい」「かっこいいサングラスをかけて歩きたい」「家族でジャンプして写真を撮りたい」「かわいい壁のところに行きたい」「海にもぐってニモ(魚)やクラッシュ(亀)に会いたい」「かわいいサンダルを履きたい。ビーチサンダルじゃなくて、走れるやつ」。

スポットや消費ありきでなくて、ビジュアルイメージから想起するんだ! そして結構具体的! という驚きがあった。たしかに、自宅保育も、夫婦での自営業で家に子どもを転がしているときも、NetflixやYouTube、Disney+をつけっぱなしにしていた。綺麗な海が出てくる物語も多いし、まだ本やインターネット記事に触れていないのだから、映像が浮かぶのは納得である。

資本主義のど真ん中にいる私は「今海外レートも悪いし、買い物もできないなあ。外食だって庶民が気軽に行ける低〜中価格帯の値上げ幅もひどいし……本当は美術館とかあるエリアに行きたかったな……」とか思っちゃったけれども。子どもってビジュアルやそこで自分がどうありたいかから考えるのか。旅の組み立て方が面白いな。

さて、この「先方のぼんやりしたイメージのご要望から、予算内でスムーズに実現できる行程をたてる」って作業は、つまりもう、編集の仕事のど真ん中だ。しかも予算もそんなになく、進行スケジュールも厳しい。しかしこういう環境でもまあ、いつもなんとかしてきた。マガジンハウスの雑誌を開いては毎回「予算があるとこは羨ましい!!!」となりつつも。

今もドドドとルートを調べ、5歳児(タレントさんより大変!)の体力を加味しながら移動スケジュールをたてている。仕事仕事仕事、となっているし、私の会社は取引先には恵まれているものの、要するに下請け制作会社なので、芸能事務所やクリエイターの間に挟まってギュウギュウになることも正直多い。最近はインスタの親しい友人まで投稿を連投するくらいには余裕がなくなっていた。

でも今、私は前向きな気持ちでビーチにいる自分を想像し、ワンピースと水着を探している。仕事にかけるパワーをもうちょっと生活に回すのもいいのかもしれない、なんて思った日の日記。

(2023年6月18日の日記)

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