vol.4 生活に余白を生む【秒でできる お茶づけおにぎり】
日常生活の中で、ゆっくりと椅子に腰を据え、家族や友人とおしゃべりする時間はありますか?シンプルに会話を楽しむ習慣はありますでしょうか?
*
先日のこと。わたしは総合病院での定期検診を終え、院内に設置されている売店に向かって歩いていました。
売店までの道中リハビリ病棟を通るのですが、そこでは廊下のあちこちで、パジャマ姿の患者さんと医療スタッフの方が、歩く練習をしたり、ベンチに座って休憩していたりする姿を見かけます。その日もたまたま、わたしの前に、松葉杖をついた女性と医療スタッフの方がいらっしゃいました。
患者さんらしき女性はわたしの祖母くらいの年齢でしょうか。そして女性に付きそう医療スタッフの方は、20代くらいのおっとりした雰囲気の男性でした。
女性は松葉杖を使ってゆっくりと歩を進めつつも、何か夢中になって、男性に語りかけています。興奮気味におしゃべりをされているご様子で、後ろにいたわたしにも張りのある声が届くほど。盗み聞きするつもりはないのですが、エネルギー溢れる声色に、つい反応してしまいます。
ですが、いくら待ってもわたしの脳は、女性の発する声を文章に変換することができないのです。かろうじて語尾はこの地域ならではの方言だなと認識できるだけで、単語を拾うこともままならず、会話の内容の予測もつきません。
*
隣で女性を支えるようにして歩く男性医療スタッフの方はどうでしょう。今度は、彼の返答に意識が向いてしまいました。
ところが織りなされるのは女性からの語りかけばかりで、それに対する医療スタッフの方からの言葉はありません。狭い通路だったこともあり、しばらくお2人の後ろにいたのですが、ついには男性の言葉が聞こえてくることはありませんでした。
その間、男性スタッフがどうしていたのかというと、松葉杖の女性にぴったりと寄り添い、ふらついた際にはすぐ支えられるようそっと腰にそっと手を添えて、女性のおしゃべりに耳を傾けているのです。「うんうん。うんうん。」優しい相づちを、ひたすら彼女に返しているではありませんか。
女性にどんな事情があるのかは、わたしにはわかりません。ただパジャマ姿から入院をされているのだろうなということと、松葉杖をついてリハビリをされているのだろうなということ。そして何かを一生懸命、男性医療スタッフの方に伝えようとしていること。
男性は女性のスタンスを受け入れ、女性のペースを乱すこともなく、ただただ寄り添って柔らかい微笑みを浮かべていらっしゃいました。
*
わたしは想像してしまいます。
“あぁ、女性の気持ちは今きっと、満たされていっているのだろうな。誰かに話したい想いをこんなふうに受け入れてもらえたら、心癒やされるだろうな。”
もちろん医療スタッフの方は勤務中であり、女性に付き添っているその瞬間も、お仕事をされているわけです。わたしにはとても尊いものに見えた優しいうなずきも、彼の業務といってしまえばそうかもしれません。また勝手に想像してしまうのは大変失礼ですが、女性の言葉を医療スタッフの方が聞き取れていたのかどうかも不明です。
でも、もしわたしが女性の立場だったら、そんなことはどうでもいいような気がしました。ただ、自分が誰かに聞いてほしくて熱を込めて話していることを、否定もせず肯定もせず、遮ることもなく、側で「うん、うん。」ってうなずいて聞いてくれる。その優しさは、きっとあたたかいものだろうなと思うのです。
*
でもこれって、簡単なことではないのですよね。特に近しい関係の家族間などでは、ただ“話を聞く”というシンプルなことが、できていないな…って思う日のほうが多いです。
つい「今忙しいから待って−」と相手のペースを止めてしまったり、スマホを見ながら話半分に聞いてしまったり、そもそもじっくりとおしゃべりを楽しむ時間の余白がない日もあったりで。
病院での光景を目にしてからというもの、もっと肩の力を抜いてみようかなと思うようになりました。少しくらい家事のペースが遅くなったって、SNSチェックができなくたって、さして問題はありません。
家族が「今、これを聞いてほしい!」というときは、できるだけほかの作業をストップして、おしゃべりに向き合ってみよう。大切な人の語りかけを後回しにするほど重要なことって、おそらく多くはないはずです。
ごはん作りも、もっと気楽に。手間のかかる料理はときどき、で十分。
家族とじっくり会話する余白を確保することも、自分にできる愛情のかけ方だと思うから。
- ONIGIRI recipe -
時間も手間もほとんどかからない、“インスタントのお茶づけ海苔”を使った混ぜるだけおにぎり。レモン汁を搾ることでさっぱり爽やかな味わいに仕上がります。