【酒呑みエッセイ】冷蔵庫の中に本当の「整う」を見つけた30代独身男性の末路
今、サウナがアツい。
その名の通りアツい。
サウナ好きの人のことを「サウナー」と呼び、
サウナに行くことを「サ活」と言う。
空前のサウナブームと言ってもいい。
人々は「整う」を求め、90℃を超える密室に籠る。
そんな私もサウナーの一人だ。
時間を見つけては、サウナに通う。
スマホを見ては、まだ見ぬサウナを調べる。
私の身体も「整う」を求めている。
午前10:00、仕事が終わる。
今日も深夜に出勤し、太陽を見ることなく働いた。
明日は休み、身体が欲している物はわかる。
そう、ビールだ。
休みの前の日は、いつもより飲める
お酒が好きな人には、分かってもらえるだろう。
さぁ、スーパーの冷蔵庫に並ぶビールを手に取れ。
帰宅と同時に、その身体に流し込め。
しかし、今日の私は違う。
身体はもちろんビールを求めている。
それと同等に求めている物がある。
そう。「整う」だ。
最寄りのスーパーを通り過ぎ、車を走らせる。
着いたのは、住宅街にポツンと存在する銭湯。
入口には、ひと昔前のクレーンゲームが設置されている。
入口横の休憩所の畳はひどく変色している。
多くのサウナー達の汗が染み込んだであろう色に。
決して綺麗とは言えない銭湯だ。
しかし、この銭湯にはサウナがある。
小さめの水風呂もあり、露天エリアでは外気浴もできる。
十分「整う」ことができる環境にある。
まずは、全身を洗う。
シャンプーとボディーソープ。
小袋の物を近所のドラッグストアで買い溜めしている。
さぁ「整う」準備は整った。
サウナ室の前に置いてある座布団替わりのバスマット。
それを片手にサウナの扉を開ける。
ムワッとしたお馴染みの空気を感じながら、お馴染みの顔を見渡す。
サウナというのは、時間帯によって、いつも同じ人々が顔を合わせる。
私は、会釈とも言えない会釈をしながら、空いたスペースに腰を掛ける。
ここからは、私だけの時間だ。
高温の室内は、この世で唯一のデジタルデトックスとも言える。
いつも持ち歩いているスマホは持ち込めない。
もちろん、仕事の電話やメールが来ることは無い。
ついつい見てしまうSNSも見ることもできない。
だから、私はサウナが好きなのだ。
サウナ内では、今までの思い出や、反省を振り返っている。
仕事での失敗、女性に振られたこと、中学高校大学生の時のことまで、
私の中のさまざまな負の遺産。
なぜだろう、サウナ内では前向きな物に捉えられるのだ。
そうこうしていると、サウナ内の時計は、入室から12分経ったと言う。
一旦、サウナ室内からは退出し、水風呂に飛び込む。
その水温を一瞬、身体は拒否反応を示す。
しかし、それに逆らいながら、身体全体を沈める。
それまで高温に包まれていた身体は、なぜかその水温を受け入れる。
1分。水風呂を満喫する。
外気浴場へと足を踏み入れ、空いている椅子に腰を掛ける。
ここからが「整う」だ。
なぜだろう、なぜか脳が考えることを止める。
仕事のこと、振られたこと、過去のこと。
一切の思考が停止する。
思考は停止しながらも、何かを思い深けている。
それは決してネガティブなことではない。
かと言って無駄にポジティブなことでもない。
嫌なことを思い出させることはない。
気持ち良くポジティブな気持ちにさせてくれる。
「整う」を知らない人には理解してもらえないが、
これだけは、「整う」を経験しなければ分からない世界なのだ。
このセットを私は3回繰り返す。
正直なところ、3回目は、ポジティブすら生まれない。
無と快楽の境地に立たされるのだ。
そのような状態のまま、帰宅する。
いつもの歩数、いつもの動作で冷蔵庫を開ける。
そこには私の帰宅を唯一歓迎してくれる存在、ビールがいる。
サウナによって失われた喉への潤い。
ビールのタブを勢いよく開ける。
床に飛び散った水滴は気にしない。
砂漠とも言える喉に、その潤いを流し込む。
「幸せ」とは表せきれない「幸せ」が、そこには存在する。
私は思う。
ここまでが、「整う」なのだと。
空前のサウナブーム。
「整う」
私もブームになってから知った世界だ。
サウナとは酒飲みのためのトレンド。
より美味しくお酒を飲むため、準備を「整える」物なのかもしれない。