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#エッセイ ボレロのあの子

約1900文字・読了15分程度

1 ボレロのあの子

彼女は、どこにいってしまったのだろう。
いまは、何をしているのだろう。

Mr.Childrenの「BOLERO」が発売されたのは1997年3月5日。
このころの僕はというと、ちょうど小学校4年生から5年生にあがる間近でさしてCDには興味がなかったのだけれど、このCDは家にあった。3つ上で、やはり中学校1年生から2年生になる年の兄が購入したものだった。

もちろん、この頃の僕は、「深海」と「BOLERO」の奇妙な関係など知るはずもなくって、このアルバムの中にある、「Tomorrow Never Knows」なんて言われても、まったく知らなかった。

ただ一つ、聞き馴染みのある曲は「シーソーゲーム」だけで、それは「牛乳」と「白米」という奇妙な組み合わせの給食を無理やり食べさせられていた昼食時に、上級生が校内放送で繰り返し流していたから、珍妙な記憶として残っていたんだと思う。

いつもなら僕より帰宅が遅い兄だったけれど、僕より帰宅が早い日があった。期末試験という仕組みがあることを知った日でもあった。兄は、ステレオで「BOLERO」を、一から聴いていた。
僕の「シーソーゲームをかけて」という声は、櫻井さんになりきっている兄には、聴衆の中の野次かリクエストかのように聞き流されてしまった。

兄は、カセットが2つとCDが1つ入るステレオの早送りボタンを押すことはなくって、そのまま、僕にとって退屈な「BOLERO」の聴いたことのない曲が、予定通り、順序よく流れていた。僕は「BOLERO」の奇妙なジャケットを開いては閉じて、クリアケースに戻しては入れたりしていた。
ひまわり畑の彼女は、なぜ太鼓をもっているのだろう。その意味すら、僕にはわからなかった。

僕は、もう一度「シーソーゲームをかけて」といったのだと思う。
心地よい睡眠を邪魔でもされたかのような態度で兄は、
「そんなにいうんやったら、もう聞かせへんからゲームでもしてこいや」といつもの口調で言い放った。
だから、僕は、ゲームなどしにはいかず、和室には不釣り合いなドラムバックほどの大きさのステレオの前で、兄の少し後ろに座って、やはり「BOLERO」の奇妙なジャケットを開いては閉じて、クリアケースに戻しては入れたりしていた。

だから、僕と兄にとっては、この「BOLERO」の印象はたぶん違っているのだと思う。僕はというと、僕よりも2つ3つ年下の女の子の印象と不思議なCDケースの仕組みだけが、ヒマワリよりも鮮やかに残っている。ジャケットに写るあの子、僕より2つ3つ年下の「BOLERO」のあの子は何をしているのだろう。どこの国の人なんだろう。

僕も大人になっていくもので、中学生になった1999年には、やはり兄の後を追って「BOLERO」を聴くようになった。父のドラムバックのようなステレオではなくって、兄の持っている小ぶりなMDが入るCDコンポから聴いていた。「深海」の方がいいよ、という兄のすすめを少し大人になっていた僕は素直に聴いて、その次の日、中学校でみんなに「深海」の存在を知らしめたのだった(1996/6/24発売)。もちろん、誰かに貸した、兄の「深海」は転々と又貸しされて、僕の家に戻ってきたのは相当先のことなのだけれど。


気がついたら、もう2020年だ。
僕も、本当に大人になったもので、兄の言葉に左右されることはなくなり、いちおう自分の足で立って、足音を踏み鳴らしている。

YouTubeで期間限定公開されている「Mr.Children DOME & STADIUM TOUR 2017 Thanksgiving 25 」の2曲目が「シーソーゲーム」だったせいで、僕は、雑駁なこんなことを考えている。

そして、2020年にもなると技術の進化も凄まじくて、たまたま聴いた、AIりんなの「惑星ループ」(2019/12)が、まさか機械だとは信じられないレベルだった。りんなはAIだけれど、ほかのボカロたちも、僕には機械だと信じられないときがある。

ボカロにしても、AIりんなにしても、いったいどんな仕組みなのだろう。
さらにいうと、パソコンが動く仕組みも、スマートフォンが上手くつながる仕組みも、必要なときにだけ繋がらなくなる仕組みも、そのすべてがわからないまま2020年になってしまった。

あのボストンバッグのようなステレオだったら、試しに分解でもしてみたら、その仕組みがわかったのかもしれない。時の流れは早く、僕はもう33歳なのだけれど、分からないことの方が増えていった気がする。無駄に年をとってしまった。

「BOLEROのあの子」と「ボカロのあの娘」。

僕が、これからも思い出すのは、10年先も20年先も、あのひまわり畑に囲まれたあの子に違いない。
(了)

2 著者情報

著作:ハヒフ
https://twitter.com/same_hahihu

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ハヒフ
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