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経営リーダーに向き合い続けてほしい「衝動」の話

こんにちは。RELATIONS代表の長谷川です。
今回は日本経済新聞さんとnoteさんのコラボ企画テーマ『#仕事での気づき』を題材に執筆してみます。私の経験が、経営者の方や経営リーダーを目指す方々にとって、なにかしらの気づきになれば嬉しく思います。

私は2009年にRELATIONS株式会社を創業し、早いもので15年が経ちました。新卒で朝から深夜まで働くことが当たり前の会社から社会人生活がスタートし、その後、経営者としては多くの事業を立ち上げました。会社が急成長した時期もあったかと思えば、事業譲渡や苦しい仲間との別れなど、紆余曲折を経て今があります。
今回『#仕事での気づき』というテーマを考えたときにふと立ち上がったのは「経営者として、リーダーとして、自分は何を一番大事にしてきただろうか?」という問いでした。

1. 自分の内側で起きていることに蓋をしていないか?

経営者や経営リーダーが最も大切にすべきことは?
その問いに対して、私には明確にひとつの答えがあります。それは、

「自身の内面で起きていることを認知し受け入れること。
それをもとにリスクをとり、一歩前に踏み出していること」

です。これを経営のなかで継続することが大切だと考えています。

先日目が留まった日本経済新聞の私見卓見コーナーの記事で、ある大学教授の見解が書かれていました。その教授によると「国や組織をけん引する優れた経営リーダー人材の不足があらわになっている」と。また、次世代の優れた経営リーダーにとって必須なのは「インテグリティー(誠実性)」を身につけることであると述べられており、それには私も同感でした。

私にとってのインテグリティーとは、レスポンシビリティに近いものなのかもしれません。このレスポンシビリティの意味は、一般に想起される外側に対する責任ではなく、自分の内側に対する責任です。つまり、内側で起こっていることに対して蓋をするのではなく、素直にレスポンスするという意味です。「経営者が自分の内側で起きていること」に蓋をしたり軽視したりせず、まずはしっかりと受け取り認知すること。それこそが経営者自身にも、会社に関わるステークホルダーにも、ひいては社会にも誠実であることだと考えているからです。逆に言えば、内側で起きていることに蓋をしつづけることは、自分自身にも相手にも嘘をつき、誠実さが欠けている状態だと言えます。

蓋をしつづけると、”本当にすべきこと、相手に伝えるべきこと、話すべきこと”がないがしろにされ、気づいたときには信頼関係が損なわれた状態に陥ります。これは経営者という立場に限らず、組織のなかで働いていると日常的に起こりがちなことです。
一例ですが、前職で働いていた頃のこと。大きな数字目標を掲げ、達成を最優先に部下たちに無茶な働き方をさせるタイプの直属の上司がいました。その過酷さゆえ、倒れたりバーンナウトしたりするメンバーもいましたが、彼がメンバーたちの評価や人事異動の権限を握っているために誰も怖くてものが言えず、恐怖政治のような状態となり、誰も彼にフィードバックや提言をできない状態になっていました。本来であれば、私のなかにある本音や願い、また当時描いていた改善策を伝えられればよかったのですがそれも難しく、その状態が続き、辞める人も増えて、チームも厳しい状態に追い込まれていきました。私を成長させてくれた恩人であることに違いはありませんが、「あの時にもう一歩踏み込んで彼に提言していたら、どんな未来があったのだろうか」と今でも考えさせられる体験として残っています。

このような上司・部下間の関係の他にも、経営層の関係性、ファミリー経営の経営者と家族の関係性など、それぞれ異なる立場から恐れが生まれ、内面で起きていることに無意識のうちに蓋をしてしまったり、それが元ですれ違ってしまったりすることは様々な場面で起きているのだと思います。

2. 努力では辿り着けない「衝動」の境地にいるか?

では、もし経営者が自分の内側で起きていることから目を背け続けるとどうなるのでしょうか? その会社は成功できないのでしょうか?答えはYesでもありNoでもあると思います。ただし、長続きはしないと思います。

なぜなら、たとえ背いた行動を取ったとしても短期的には”一定の成果”は出ると思うからです。実際に私は過去、仲間とバラバラになる恐れから、自分の内面に蓋をしていた時期があります。しかしその時期ですら、やるべきことをしていれば事業は成長し、売上も一定上がり続けていました。

しかし、ある地点で限界がやってくるはずです。どこかに無理やズレが生じます。私の経験では、「成果は出ているけれどもなにか満たされない」という感覚がずっとありました。
別の言い方をすると、”努力している人"や”努力でどうにかなっている人”は、どこまで行っても”好きなことを突き詰めている人”には敵わないということでもあります。本当に好きな領域に対して自分がつながり、行動をリンクさせ続けている人は強いなと思います。

好きなことをしている人は、それをしていることが”自然”な状態なので、どこまでも探究心があり、フロー状態に入りやすくなります。努力する人は意図しなければ学習や探究に時間を割きませんが、好きな人は、それをしたくてたまらないので、無意識に学習や探究を進めます。寝ている間も、食事をしている間も、通勤時間も自然とそのことについて考えています。それは「衝動」とも言い換えられるものです。ある書籍では衝動について以下のように説明しています。

モチベーションの語彙では説明しきれない行動がある。その行動の背後で働いているものを、私たちは「衝動」と呼んでいます。それは「え?なんでそんなことを、そんな熱量で?」と、周囲や自分自身が疑問に思うくらい非合理的な動機であり、”要領のいい”行動、”賢い”行動とは無縁です。

ちくまプリマー新書『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』谷川嘉浩著から引用

衝動の境地に辿り着いている人のなにが良いかというと、ブレることがない分、リーダーシップやリスクの取り方が大胆になります。その結果、目指しているビジョンや目標、パーパスの達成にぐっと近づきやすくなるわけです。

3. 内面に自覚的であり続ける「習慣」はあるか?

ティール組織のなかの用語で、エボリューショナリーパーパス(進化していく目的)という言葉あります。組織という”生き物”において、個人の成熟や関係性の変化、会社のフェーズが進むことにより、パーパス自体もどんどん進化していくという意味です。
それと同じように、経営リーダー自身の内面で起きることや興味・関心も日々変化していくことはごく自然なことです。だからこそ、感情や感覚、自分が本当に好きだと思うことに対して”自覚的になり続ける”ことを大切にしてほしいのです。

先述の書籍のなかでは、衝動を「強い欲望」ではなく「深い欲望」と表現しており、以下のように説明しています。

深さのある欲望を捉えようとするのは、喩えるなら、海面から底の方を覗き込んで、海底の岩や砂粒を押しのけて漏れ出してくる微かな気泡を見つけるようなものです。どこから気泡が湧き出しているのかがわかりづらい。底までは距離があるし、そもそも海が凪いでいなければ見えづらいでしょう。強い欲望と違って、目立った感情的高揚が伴わないものなので、体感できる刺激の強力さを探索の手がかりにはできません。

ちくまプリマー新書『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』谷川嘉浩著から引用

その微細な感覚や違和感を捉えるためには、生活のなかで”習慣”をつくってしまうことが有効なのではないかと思います。一例ですが、私は内面を見つめるために以下のようなことを意識しています。

  1. 日記、日報を書く: 何年も、毎日続けている習慣です。日報は会社のSlack(チャット)に前日の所感を書くルールがあるため、業務のなかで起きたことや感じたことをできるだけ詳細に記すようにしています。

  2. プロジェクトの振り返り会を行う: プロジェクトが完了した際にメンバー同士で振り返り会を行う習慣が社内にあるため、その仕組みを活用して内省を促進しています。

  3. ランニングをする: 毎朝家の近所を走るようにしています。瞑想に近い時間だと捉えていて、思考の整理に役立っています。

  4. リトリートや旅行に行く: 現実世界から3~4日だけでも距離を置くことで、大きなインパクトをもたらします。内面をより俯瞰的に見やすくなります。外部のリトリート企画に参加したり、家族で自然あふれる場所へ旅行に行くことも同じような効果を感じています。

先日の家族旅行で印象的だったハワイの大自然

”前例が通用しない時代”、”変化の激しい時代”と言われる現代において、経営者や経営リーダーが自分の内側に耳を澄ませ続けることの重要度はさらに高まっています。一朝一夕では効果を感じづらいですが、日々コツコツと内省を積み上げていくことで微細な変化に敏感になっていくようになっていくと思います。

つい日々の業務に追われて疲弊しがちになりますが、自身の生活スタイルのなかで取り入れやすいものを無理なく続けていきたいものですね。

今日もええ一日にしていきましょう。

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