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そりゃ、あんたが時間をかけていないからでしょう

生産性・・・

現代は「いかに多くの、または良いアウトプットを生み出したか」で他者からの評価が決められがちな、忙しい時代だと思います。

インスタ、ツイッター、フェイスブックの投稿、仕事のノルマ、1日にこなすタスクの数などなど・・・

生産性は、投入資源に対してどれだけの成果が生み出されたか??という指標のことで、いわゆる生産性が高いというのは投入資源が小さいのに、生み出した成果は大きいということになります。

「プロットができていないのだから会議で発言してはいけない」と確かに思っていたし、それまでも「原稿にノルマを達成できなかったから、今日はあったかい布団で寝ちゃいけない」等とよく考えていました。

朝井リョウ

アウトプットが出せていない人間はお話にならない、という残酷な社会の現実に焦り自分もこういった思考ループにはまることもあります。

でも、生産性には罠があると思います。

投入資源が少ないのにたくさん成果を出す。ということ。

一見、コスパが良くてもっともらしく聞こえますが山口周さんのおっしゃる「インプット=アウトプットの法則」を考えると、はてなマークがつきまといます。

この法則がどういうものかというと、長い目で見てみればアウトプットとインプットの量は一致するといったものです。

これが、本当の法則になっているかどうか、は自分にはわかりませんが納得できること多々ありです。

生産性が高い人の究極は投入資源が限りなくゼロに近いのに、たくさん成果を生み出してしまう人と自分の脳みそは超絶単純解釈をしています。(まちがってたらすみません)

ですが、投入資源をインプットとすると、インプットが涸れればアウトプットというのは当然涸れます。

例えば、noteひとつとっても、三日に一回投稿している人が同じ記事のクオリティを担保しながら毎日投稿に切り替えるためには、今まで同じインプットでは確実に途中で涸れると思います。(実体験済み)

そこから自分はいかにして少ないインプットで、アウトプットをたくさんだすか??という生産性を高めるような考え方はちょっとナンセンスなのかもしれないと思い始めました。効率を求めないということではありません。

原則としてそれはできない、と受け入れた、感じです。

筋肉をつけて良い身体になりたければそれ相応のライフスタイルとトレーニングが必要だし、noteで文章をしっかり書きたければそれ相応の学習が必要というなんとも当たり前なことに戻ってしまいました笑

どうやったら、最短で筋肉がつきますか??全然つきません。。。

どうやったら、noteで毎日すらすら良い文章を書けるようになれますか??文章がおもいつきません。。。

”そりゃ、あんたが時間をかけていないからでしょう。”

と、近所のおじさんに質問したらそう言われました。







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