尾崎豊4thアルバム『街路樹』レビュー(+2曲)
本日から後期尾崎の作品に入る。おそらく、あまり馴染みのない人も多いだろう。それもそのはずで、前作からの約3年の間、尾崎は覚醒剤で捕まり、リアルタイムで前期尾崎の作品を聞いていた世代は歳を重ねた。それゆえ、尾崎の人気は滑落していったし、リスナーが求めている曲と尾崎の作品は乖離していった。
それでもオリコンチャートでは2位に入り込み、久々のアルバムという意味での注目度は高かった。しかし、尾崎本人は事務所とのいざこざもありこのアルバムを気に入っていなかったようだ。そのあたりの背景はWikipediaに任せることとして、本作はレーベルが唯一ソニーではないということで、サブスクも2021年まで解禁されていなかった。そんなこんなで後年のライブで歌われることもなかったり、ベストアルバムにも入っていなかったりするので、尾崎豊の熱心なファンでもないと馴染みが薄いのはいささか仕方がないのである。
私は1stアルバムレビューで自己紹介した通り、現在大学3回生と尾崎と同じ時を生きた経験がない。当時の尾崎信者と呼ばれる人たちや、逆に尾崎アンチと呼ばれる人たちを知らない。前期尾崎の作品か、後期尾崎の作品かなどを気にすることもなく、単純に曲を聴いていたからか、私はこのアルバムが1,2を争うくらいに好きである。そういう意味で、「覚醒剤の人」として曲が語られないのは一抹の寂しさがある。
1. 核(CORE) ★★★★
「問題児過ぎてアルバムのどこに入れても浮いてしまう。だったら、最初に入れてしまうのが一番収まりが良い」という思惑が透けてみえるような配置だ。間違いなくこのアルバム一番の奇曲で、アルバムバージョンで9分ちょうど、シングルバージョンは9分19秒もある。個人的にはボーカルの狂気が強く感じられるシングルバージョンが好み。
ライブにて『反核』というタイトルで歌っていた曲をアルバムに収録した。歌詞に「反戦 反核」と出てくるが、全体を通じて戦争反対を歌っているわけではなく、むしろある種のラブソングとして評価している。
テレビの光や音さえも気が狂いそうになるという感情はよくわかる。というか、シングルバージョンは出だしから気が狂っている。やっぱりこの曲はアルバムバージョンのように丸く上手くのではなく、シングルバージョンのように多少ピッチはズレても狂気的に歌うべきだ。「こんなに愛してるから俺から離れないで」というくらい、彼は寂しがりやで、人に離れられるのを恐れていた。
こう見ると、統合失調症の妄想のように思える。もしかすると、覚醒剤による幻覚体験でこのような感覚があったのかもしれない。もちろん、そんなことは関係なしに何もかもを敵視して気持ちを尖らせる。そんな時は、人間たるものあるのだけれど。
ピアノソロの美しく狂気的な導入が終わり急加速。1回目のサビに入る。おおよその社会人とは、凡庸でただ家庭を築いているだけのサラリーマンだ。そんな名もなきモブたちとの不調和は、自分らしく生きようとした人に降り注ぐ宿命である。ただ愛を真摯に伝え合う、それだけのことが、自分らしさ同士の衝突によってできなくなることも往々にしてあることだ。
「愛こそすべてだと俺は信じてる」と歌っていた人間が、ここでは救う「かもしれない」と断定を避けている。愛すら信じきれなくなってしまっているのだ。
おおよその人間は、用役を生産し、サラリーを貰うことで生活しているが、その人たちは「おいしいものを食べる」ことや、「ちょっと良い家に住む」といったもっぱら世俗的なことを生きる糧にしている。しかし、自己実現を希求した人間は、そのようなことで満足してしまってはいけない。それゆえ、辛いことの方が楽しいことよりも多いのである。死ぬ理由も生きる理由もないから生きている。それは生を望んでいるのではなく、いつか来る死を待つために生きているのだ。
そこで「ごめんよこんな馬鹿げたこと聞かずにいてくれ」と相手にいう。これは、このような哲学をしても何も生産されないし、愛を信じきれないという恋人への罪悪感だけが生産されるということで、二人とも幸せにならないから「ごめんよ」と謝っていると考えられる。
日常がすり替えた叫び。誰かが街でクラクションを鳴らしていたとしても、「日常」に淘汰された音は聞こえない。殺意に満ちた視線というのは、幻覚や被害者意識と解釈してもよいし、この頃の尾崎豊に向けられた社会の目と解釈してもよい。「持たれる心」をつくるために、良いところばかりを繕って語らう。自分を語ってしまったら、人は離れていくからだ。はたしてそんなことをして得た「持たれる心」は、本当に持たれることができるのだろうか。
2. ・ISM ★★★☆
単にイズムと読む。中黒イズムや中点イズムではない。低めのボーカルにサビのシャウト。愛したいの連呼はやや前曲の狂気の良さを引き継ぎつつ、2曲目らしいマイルドさも演出している。愛したい。
3. LIFE ★★★★☆
時代を感じるサウンド。CDのテンポよりも有明ライブのテンポの方がこの曲には合っている気がする。
あれだけ答を追い求めてきた尾崎豊が、「答などなくていい」と歌ってしまう。なぜなら安らぎの始まりに生きるからだと。
夢を見るために君を信じる。君を信じるということは、嘘を信じることでもある。だから、耳をすませて嘘を消す。
愛には責任がつきものだ。その責任を果たせなかった場合、罪として相手方に裁かれる。かといって、愛にすべての時間や労力を使うこともできないのだから、取捨選択をして目的を持って愛することが必要である。「何を捨て何のため愛すのが生きること」と一度問うてみてほしい。
単なる別れの歌として聴いても良い曲だが、失恋ソングに留まらない含蓄がこの曲にはある。私は答を探し続けるけどね。
4. 時 ★★★★★
さて、前曲から引き続き時代を感じるサウンドだ。私は街路樹のアルバムを語る上でこの曲は欠かせないと思っている。
「10代の代弁者」尾崎豊がこの歌詞を書いたのだ。少し大人に憧れて、歌うことが見つからなくなってしまった。そんなシンガーソングライターとしての苦悩を赤裸々に告白している。憎き反抗の対象であった大人という概念に対して柔和的になり、都合の悪いことからは目を背けて、自由に生きることができる大人を羨ましく思う。
時が流れれば、好きだった曲すらも溢れかえったサブスクの中で見つけられなくなる。時が流れれば、旧友やあの日の恋人は見つからなくなる。痛みがあっても、時が流れれば傷は見つからなくなる。「時」はときに万能薬であり、ロマンを消滅させる儚いものでもあるのだ。
2番の歌詞も秀逸。みんな、隠し事を自分に言い聞かせて正当化して、その結果、相手は裏切りを感じ傷付く。それゆえ「時を止めよう」という。現状の快楽の享有である。過去にも未来にも進まなければ、悪いことはないからだ。
ただ、僕は「時をいつも見つけてる」という。僕と君とは幸いなことに、同時という時を共有できている。同じ時間を生きることによって、同じ夢を手を繋いで同じ速度で見ることができるのである。もし一方のスピードが速かったり遅かったりすれば、手は解け、同じ夢を見続けることはできない。スピードを合わせるのは相当な労力がいるから、人は人を選ぶし、人と離れてしまう。もっとも、一人で孤独に歩けば、スピードを合わせる相手もいないから快適かもしれない。しかし、人間は社会的動物である。きっと、人と共に歩いたほうが楽しいに違いない。
夢が形を変えるのは、小さな心を守るためである。つまり、歩くスピードを合わせて「同じ夢」を「別の同じ夢」に変えるのである。そうしないと、"彼ら"の明日はない(=流れゆく先がない)からだ。同じ夢を見ることではじめて、人は触れ合うことができる。時は何もしなくても流れていってしまうのは、時が常に人に作為を要求していると言い換えることができる。たまには、時間停止モノものもいいけどね。
5. COLD WIND ★★☆
本当はこの曲を一曲目に持っていきたかったんではないだろうか。
未来はみないで、今日だけをみれば辛いことを考えなくて済む。けれど、今日はあいにく冷たい風のよう。地味に歌うのが難しい曲。「地下鉄の扉が開く度の痛みにタフになれと今日のCOLD WIND」という歌詞は通勤電車で聴くと勇気を貰えますね。
6. 紙切れとバイブル ★★★★
尾崎豊全曲で最もカッコいいタイトルは何かと聞かれたら、ほとんどの人がこれを答えるだろう。あいにく、私は聖書というものを一度も読んだことがないのだが、曲は「売れてしまった尾崎豊」がテーマである。
まず、ロックスターとしての尾崎豊を歌う。そしてサビではこう歌う。
尾崎豊は十代の代弁者、ロックスター、音楽家として売れてしまった。金で夢も夜も買えるし、彼にとって手に入れることのできないものはない。そうなれば歌うべき苦悩もなくなり、矛盾のない綺麗な歌を提供することとなる。
尾崎に限らず、燃え尽き症候群というものは多くの人に経験があることだ。それは、諦めではなく手に入れてしまったがゆえの燃え尽きであることもある。尾崎は売れてしまい、何もかもを手にしてしまったのに、未だにライブでは15の夜などを歌っているという最大の矛盾さえ歌にしてしまった。
ただし、何もかも手に入れたという一面だけでなく、目に映るもの全てを無視するという現実逃避的側面も歌っている。つまり、現実逃避の結果として、夜や夢を手に入れたとも考えられるのだ。それは「優しさ」だ(僕が僕であるためにのレビューを参照)。
7. 遠い空 ★★★★★
尾崎豊全曲の中で一番好きです。ユーザーネームはここから取りました。
ファーストセンテンスから最高。失礼だが、私含め尾崎豊ファンは世間知らずが多い。その世間知らずたるバカをわざわざ気にするほど世間は狭くない。それゆえ、体を張って覚え込んでもいいのだと教えてくれる。バカを気にして生きる人はおおよそバカなのだからこちらがその人を気にするも必要ない。
この場面の「彼女」は単なる三人称ではなく、お付き合いしている女性と解釈してよい。彼らは遠くに消えてゆく。
なぜ彼らは消えてゆくのか。それは、風のままに歩いた結果として、明日の光を見つけたからに他ならない。風という自然現象は、人間がコントロールするものではない。だから、そういった自然のままなるようになれば、かすかに光が差し込むときもある。それを二人で光の射す方へと進んでいったから「心を重ねた」のだ。考えることも大切だが、ときに風に身を任せることも良いことである。
思ってもないことを言葉にすることは容易である。庇い合うように見つめても人は先を急ぐだけというのは、僕々にいう「人を傷つけることに目を伏せるけど優しさを口にすれば人はみな傷付いてゆく」と変わらない。
ほんで、尾崎豊の街路樹なんてアルバムを聞こうもんは大抵不器用で世間知らずなバカなので、私もその通りこの歌詞が素直に響いてくる。ここでは「あした」の糧だが、先ほどはかすかな「あす」の光になので注意。不器用人間には情熱で生きるしかありまへんので。
街中にはただ立ち尽くすことしかできない人が大勢いる。彼らも、風のままに歩き続ければよい。その風を信じることによって、とりあえずは心を失わなくて済むのだから。
8. 理由(わけ) ★★★★☆
尾崎全曲の中でも人気はなかなか低い方で、かつかなり短い。演奏時間でいうとハイスクールRock'n'Rollの次に短いのでは。個人的にこの曲は最後のフレーズに詰まっていると思う。
僕が君を守ることが、君が僕から離れる退路を断つことにも繋がる。守るということは、僕から離れる合理的な言い訳を、君から失わせるということに他ならない。つまり、合理的な人間であれば僕の行為によって君の選択肢が減ってしまう。自由に生きたくないかいと歌っていたのが「僕」なのにもかかわらず。
9. 街路樹 ★★★★☆
アルバム表題曲。尾崎のアルバムは、半数が曲のタイトルがアルバムのタイトルとなっており(十七歳の地図、街路樹、誕生)、半数がアルバム独自のタイトルとなっている(回帰線、壊れた扉から、放熱への証)。眉唾だが、尾崎はこのアルバムを「紙切れとバイブル」として発売しようと考えたらしい。しかし事務所とのいざこざがあり「紙切れとバイブル」ではカッコよすぎて売れてしまうから、敢えて地味な「街路樹」という表題にしたという逸話がある。
しかし、だからといって曲「街路樹」のクオリティが低いわけではなく、アルバムの最後に相応しいバラードとなっている。
「別々の答えが同じに見えただけ」。この一節が完璧だ。その他部分に特別難しい比喩もないから、一度通しで聞いてみればこの曲が好きになるだろう。文字通り受け取ればよい。
+1. 街角の風の中 ★★★☆
英題は「Twilight Wind」。オリジナルアルバムには収録されておらず、2009年リマスター版のボーナストラックとして収録されている。初出はシングル「核」のB面。
ということで、私もレビューを書いている。現状維持は時を削るだけなので、とりあえず今日はカラオケでこの曲のハイスコアアタックでもしてこよう。
+2. 太陽の破片 ★★★★☆
初出はシングル「太陽の破片」。B面は「遠い空」だが、個人的に遠い空はアルバム版の方が好み。尾崎豊逮捕後の1作品目で、最初で最後のテレビ「夜のヒットスタジオDELUXE」出演時に歌ったのもこの曲だ。
ここにいう「欲望」とは何だろうか。時期が時期ゆえ、覚醒剤を欲する気持ちだろうか。それとも、「君」に対する独占欲だろうか。
「何か」というのは、幻覚と捉えても、現実と捉えても矛盾はない。捕まってカリスマ性は失われ、世間の降り止まぬバッシングに絶望する。曲の良さと人の良さは無関係であり、権威に訴える論証ゆえ曲が非難されるとすれば、それはおよそアーティストとして曲が聞かれていない証拠である。
嘘を正当化するために嘘を付く。それが人間だ。けれど、それゆえ人と離れてしまうなんてのは寂しいことだ。だから、欲望を抑えて愛を信じることが大切だ。我々市民はなぜ覚醒剤に手を出していないのだろう。あるいは、なぜ不倫をしたりしないのだろう。それを考えることこそが、この歌の意味だと思っている。
総括
さて、これにて『街路樹』のレビューは終了である。過去最大の文量となってしまったから、読み疲れてしまったかもしれない。最後まで読んでくださった読者のみなさまに感謝と敬意を表し、次のレビューへ移りたい。
次は『誕生』のレビューを予定しているが、これが問題で20曲もある。ディスク1と2で10曲ずつ分けてレビューするか、20曲まとめてレビューするかは検討中だが、来週も投稿しようとは考えている。しかし一曲目のLOVE WAYから難解なので、どうにも筆が進まない。それと、あと二作品しかレビューを書けないという一抹の寂しさもある。クオリティ重視でレビューを書きたいから、投稿休みとなった場合はご容赦願いたい。ここまで8000字のレビューに付き合ってくれたことに感謝する。