寂しさと隣り合わせの四半世紀~大学生~
ふつうの家族ってなんだろう。
人生の節々で、そんなことを考えていた。
大学二年生の終わりに差し掛かった頃、前代未聞の未知のウイルスが全世界を脅かした。
『ステイホーム』
毎日テレビでもSNSでもその単語ばかり見た。くそくらえ、と思っていた。
学校も会社もフルリモートになって家族全員が24時間同じ空間にいる状況は、じわじわと私の心をむしばみ、気づけば私は家を飛び出して、近所の図書館→WiFi電源完備のカフェ→バイト先の休憩室→漫画喫茶をぐるぐるとしていた。
「緊急事態宣言」が終わったと思ったら続いてやってきた「自粛要請」。このご時世に、自分は何をしているのだろう。何度もそう思った。けれど正しさだけじゃどうにもならないところまで、限界だった。
家にいるのは両親が寝てから起きる前までのせいぜい5.6時間程度。誰よりも早く起きてコロナ禍の街中をぶらぶらとし、帰宅が夜中の1時をすぎる生活が2か月ほど続き貯金が底をつきそうになった頃、見かねた母から一人暮らしを提案された。
そこから卒業までの一年半、母に助けてもらいながら一人暮らしをした。
家賃以外の生活費はすべて自分でやりくりする、という約束だった為、バイトを詰め込み食費光熱費を切り詰め、それでも最後の学生生活だから飲み代は惜しまずに、好き勝手やって過ごした。
今振り返れば、家族から離れたあの一年半があったからこそ、今の自分があると、自信をもってそう言える。
誰かの目を気にすることなく、誰にも穏やかさを侵されることなく、ただ自分の心だけで物事を感じ、考えることができる幸せを感じていた。誰に何を言われるでもなく、自分の意志で決断できる喜びを感じていた。
就活が始まるタイミングで一人暮らしを始めたことは賢明な判断だったかもしれない。望んでいた業界ではないけれど、今なら自分の選択に前向きな気持ちで責任を持つことができる。
確実にコロナを機に、それまでどうにか保っていた危うい家族の形が崩れ落ちた。けれどそれは決してマイナスのものではなく、少なくとも私にとっては有難い「きっかけ」となった。